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episode.9-13
「何処、から」
「本物の軍人を紹介してやろう。市街地の夜間急襲なんざ日常茶飯だから、感知する前に制圧するぞ」
ドアの隙間から金髪の男が踏み入れた。
微塵も逃げ場の無い圧が、部屋の四方から大鷹の全身から絞め上げる。
「さて、初めまして大臣…RICの神崎と申します。俺が此処に来た理由はもうお分かりかと思うが」
先まで有象無象の一つだった。未だ年若い相貌が、急に意味を成し始めていた。
RIC。零区の世界銀行と謳われた調査会社だが、大鷹には確かにそれ以上の意味がある。
「何かさっぱり想像がつかんな」
「ええご想像の通り告発です。貴方が弊社に与えた損害について」
「損害?此処へ来て随分繁盛している様に見えるがね」
「大臣」
赤子を窘める響きだ。
すっと殆ど色素の無い瞳が開いた。人間味の薄い、この時も表情と呼べる物は無いまま。
「…良くも部下を殺してくれたな」
殆ど息に近い声が糾弾した。
うっすら、シャツの下へ恐怖が張り付いた。
神崎は未だ怒りもせず、ただ静かに自分を見据えている。
後ずさる脚が、机の角へ堰き止められた。
「16人だ閣下。貴方は相応の弁済を、何をして払ってくれると言うのか」
「ど、どうした。部下が覚せい剤でも」
「もう無駄だ。金を渡して、件の関係者全員から聴取した。貴方が所長との交渉材料のためにウチへ派兵し、彼の息子を捕縛しようとした事も。調査会社の存在そのものを危惧して、壊滅を目論んでいた事すら」
抱えていたスーツケースを開く。
中から覚えのある文章が現れ、大鷹の全身が見る見る弛緩した。
「…当時の議事録、貴方が部下へ配布した資料から、件の実働隊へ署名させた誓約書まで。残念ながら、すべて金で購入出来た」
覚えがある所か、何から何まで自分で用意した文章を、一年越しに眼前へ突き付けられていた。
焦燥に顔面を覆う。
結局誰も、芯から共鳴などしていなかったのだ。
金を貰えばそちらに転げ、最上位ですら簡単に売り渡してしまう。
「孤独だな、大鷹。お前の大義なんて誰も知る由無い」
理解は出来なくて当然だっだ。
恒久平和などと、酷く高尚な概念なのだから。凡人はシステムに組み込まれ、前へ倣えばそれで構わなかったのに。
「…君の部下の価値は…如何ほどだった?」
蒼白な表情ながら、攻撃性を孕んだ声が詰る。
「私の、想定した次世代を、壊してまで償うべきものか?」
神崎の目が初めて不快に歪んだ。
未だ有りもしない、理想の夢を捜して隘路を彷徨い続けるのか。
「わた、私が捕まれば研究そのものが蹉跌する。君は今、ただの数人の命で…安寧への足掛かりを壊そうとしている」
もっと、大海を見る人間かと。
消え入りそうな呟きが、神崎の最後の琴線を切った。
何も考えず片脚を踏み出し、詰め寄ろうと凄む。
神崎の行く手を阻んだのは、それまで静観していた寝屋川だった。
「Hi, fucking naked king(よう、裸の王)」
仲間の胸を抑え、代わりに目前へ歩み寄る。連動してスリングの金具が音を立て、大鷹は石のように黙り込んだ。
「Dodge this. By your idea of peace(避けてみな。お前の言う平和とやらで)」
逃げる間も無い。
真っ直ぐ眉間に押し当てられた銃口に、大鷹は骨の髄から凍り付いた。
ふ、とか細い息だけが喉を迫り上がる。
今度こそ残らず、一切の色を喪失した面に、M4を構えた軍人は首を傾げて訝しんだ。
「Are you still thinking that you would never die?It is a funny story(手前が死なないと思っているな、可笑しな話だ)」
独特のテンポで、掠れた単調な声が。
襲い来るサンドストームの如く、口中をからからに干上がらせる。
「It is always the case, Anyone, who truly wants to go to war, has never truly been there before(いつもそうだな。戦争を知らない人間が戦争をやりたがる」
銃を使うならば、銃を向けられる覚悟が要る。
自分が人間である以上、死ぬ結末の想像が要る。
「You will mean next war. But your subordinates will pay most of your share...son of a bitch(お前が戦争を齎す、代償はお前の部下に支払わせてな)」
「あ、当たり前だ…指揮官が死んではならない!」
奇しくもいつかの寝屋川と同じ台詞を吐いた。
小刻みに震える男に、闇そのものに近い瞳孔が拡大した。
「そうか、それで?一体幾らの成果を出したんだお前は」
果敢に挑んでいた大鷹の顔は、急に100年の歳月が降って来たかの如く草臥れていた。
「お前の部下が死んだ、検体が死んだ、犠牲は今で数百人以上出た。それでお前は何か一つでも結果に結びつけたのか?」
もう冷や汗でもない。ダラダラと断末魔に等しく、汗を垂れ流して放心している。
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