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episode.9-15

(――…水道管が) 後ろのパイプが破裂し、反射的に戸和は注意を奪われた。 たった0.5秒、ほんの針ほどの隙間。 其処へ畳み掛けるかの如く、パーティションの奥からSMGを手に千葉が襲い掛かる。 前方、背後、右。 その刹那に戸和の意識は三方へ拡散された。 どれだけ超人的な反射神経を有していようが すべてを即刻で理解して、窮地からひとつの対処など選べない。 「未だ終わりじゃねえぞ牧…!」 吠えるや否や、千葉はSMGの残弾を撃ち尽くした。 幾つか青年の体を貫き、薬莢と血が飛び散った。 大腿を裂かれて尚敵は怯まない。 武器を失った千葉を見て、身の毛のよだつ目で笑む。 そして反撃を見舞おうとする。 矢先、視界へ飛来した、黒い鉄塊へ呼吸を止めていた。 (千葉、コイツ) 対の瞳孔が広がる。 (自分の銃を投げやがった) あろうことかSMG本体を投擲した、虚を突かれた戸和はモロに頭部へ衝撃を受け、後方に受け身もなく蹲った。 「――早く行け!」 再び刃物を翳し、間髪入れず馬乗りになる。 数秒呆けていた牧は、親友の催促にはっと引き戻された。 「早くしろ、もう二度はねえぞ…!」 馬鹿力とやり合いながら、逼迫した声が絞り出される。 そうだ二度目は無い。 此処まで引き込んでおいて、此処までさせておいて、好機を逃せばコイツまで裏切る事になる。 牧は親友への信頼のみで、その場から弾かれた様に走り出していた。 「…、めろ」 眼下で既に血塗れの戸和が、俄に唇を動かした。 凄まじい圧を感じた。見上げる黒い瞳が、溢れ出す殺意で一閃した。 「止めろ!!」 下から膝が腹部を抉った。 同時にナイフを掴まれ、咳き込む間に奪い取られた。 「お前らアイツを、本気で」 なんて面をしているのか。 まるであの時、八嶋の胸ぐらを掴んでいた、牧が満身創痍で振り返ったあの 呆然と留まる千葉を、燃える様な痛みが襲う。 原因は見ずとも知れた。 自分の腹部へ刃物が喰い込み、脚元へ廃車の如く赤いガソリンを垂れ流していた。 「お前がアイツの何を知ってる…」 痛い。 引き抜かれ、栓を失った血液が噴出した。 ずるりと片足が滑り、咄嗟に背後へ距離を取る。 「御坂が何をした。勝手に神だ何だのと奉って…ただの人間だろうが」 歳相応に叫ぶ悲痛な顔が、ぐらぐら急激な寒気と共に揺らぎ始めた。 この失血量は不味い。 が、此処で倒れては益体も無い。 (ただの人間、か) やっと建前の剥けた彼を見て、もしかしたら言う通り御坂康祐は一件に無関係なのかとすら思えた。 あと少し、千葉を突き飛ばせば、直ぐにでも追い掛けられただろうに。 青年は此方よりよっぽど苦しそうに喘鳴し、内臓からの警告で血を吐く。 腰を折って蹲る彼を目に、唐突な虚無感が胸を満たしていた。 今、この島で起こるすべての戦いに、一体如何程の意味があるのか。 「、頼む…」 戸和の腕時計には抗体の針と、非常警報スイッチが繋がっていた。 「逃げ、てくれ」 結局未だ死ねないのに。 抗体注射は助かる見込みもなければ、戦闘放棄に等しい。朦朧とする頭で、青年は遂にそれを押していた。 次いで赤い指は、全館へ繋がる非常警報装置へ――… 『――録音を開始します。ハードディスクの容量にご注意下さい』 『プロテクトが設定されています。このファイルへ個別アクセスキーを設定しますか?』 「→いいえ(N)」 「…ハイ、聞こえてるかい」 今日は雲も無く、2m/s程度の風と適切な湿度。 長い夜が明ければ、恐らくここ1ヶ月で最も美しい日の出が現れる。 日付は11月6日の木曜日。 時刻は午前2時24分。 「運良く公正な人間に渡ったら、問い糾して欲しい。既に公になったとは思うが、例のプロジェクトについて摘発したい」 録音者は。 ファイル直下へラベルを打ち込み、プロテクトエリアを整備する。 「ただ告発文に関して、此処で言及する事はない。すべての∞ウイルスに関する情報は、既に数多の報道局へ回った。 残念ながら司法は健全でない。審判は民意に託されなければ」 イカロスはどうやら飛んだ様だ。 想定より高く、更に高く。 許されはしないと、何かが降りろと叫んでいたが。

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