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部屋の中央に置かれたグランドピアノは普通のピアノと違った。
まず
黒くない。
グランドピアノといえばずっしりと重みのある黒塗りの箱のようなものだと思っていたのだがこれは違った。
まず、塗装がされていないのだ。
その代わりに表側の面にはおびただしい数の彫刻がなされている。
しかも、その彫り物は後から後から付け足されていったようで、掘られている物もその向きも削り方さえバラバラだ。
ジャンル
バランス
ベクトル
どれも同じものがないというのに、
その木の箱は言葉に出来ないくらいに美しい。
ルグリは音などそっちのけでそのピアノに目を奪われていた。
夕暮れ時の逆光がピアノという存在を一際美しく飾っている。
開け放している窓から吹き込む風が遊ぶようにレースのカーテンを揺らしていた。
そして何より、グランドピアノの開かれた上蓋の隙間から小さく覗くこの曲の演奏者が美しかった。
鍵盤を見るために伏せられた目
曲に合わせて上下左右に揺れる見るからに華奢な体躯
夕日の中できらりと踊る錦糸のような黒い髪
時折見える白く細長い指
悪魔のような曲を悪魔の使うような楽器で美しく爪弾く天使
階段に飾られていた人物画の面影が見えた。
この部屋の景色の何もかもがノワールの心を鷲づかんで離さなかった。
美しい景色の中で部屋の中を駆け巡るその曲はおどろおどろしくて艶かしい。曲というよりも何かの本の物語を抜き出して音で綴ったようにさえ感じられる。
なにかに追われるよう。
そう、
まるで狼にでも追いかけられているような
いや、狼にしては荒々しいし計画的にも思えた。
この感じは妙に身に覚えがある。
なにか思い出しそうだ。
いつも自分たちが感じている追われる感じ。
そうだ、人間だ。
狼にして人間。
狼男?人狼というんだったか。
暗い森の中をローブで身を隠し
手元のランタンの灯り一つで駆け抜ける男。
その周りには、銀の毛をなびかせた人狼が走る。
一歩でも地面を踏み間違えれば命はない。
いままでに感じたことのない緊張感がプティの身体を雁字搦めにして離さなかった。
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