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百合姫は真っ黒狼を心酔させる

* この国の夏は海辺にでも行かない限り過ごしやすい。桜の故郷ほどはっきりとではないが四季がちゃんとある。それに合わせて雨季と乾季もあるが、日本の梅雨に比べれば可愛らしいものだった。 夏は雨季に入る。その僅かな晴間を縫って、緑の館に来客があった。 ゴンゴンと飴色のドアを叩くノッカーの音はパトロンたちのものとは違う。また誰か道に迷ったのかと思いながらマリアはドアを開けた。 『あら、あなたは...』 そこには真っ黒な髪と真っ黒な目をした青年が立っていた。 しかも、ここまで走ってきたのか顔が高揚し息の上がった彼は自分の背中の後ろにその風貌には似つかわしくない大輪のユリを持って、どこか恥ずかしそうにモジモジしている。 「あ、あの…その、これここの坊ちゃんに!」 傍から見れば年上のお姉さんに告白するうぶな少年に見えるだろう。 「じ、実はこの前来た時に、階段の肖像画を見て、あいつ百合似合うなーって…思って、だから、その、渡したい..んですけど。」 自分と目を合わせず、目線を下げながら言う彼にマリアは吹き出した。 「いいわよ。あの方は今アトリエにいると思うわ。あ、でも三回ノックして出てこなかったら諦めなさい。」 この広い屋敷はアトリエも兼ねているのかと階段の下にひっそりとなりを潜めたドアを指さされたノワールはその先へ進んだ。

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