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初めての恋人

「どうですか?ここのチョコレートケーキは、僕的にオススメなんですけど」 「美味しいです!おれ、甘いもの大好きなんで!」 男性に連れてこられた、お洒落なカフェ。ショッピングモールには何度も来たことがあるので、このカフェがあるのは知っていた。ケーキが美味しいというのも。 甘いものが大好きな海星は、ずっと行きたいと思っていた。しかし、平凡な自分がこんなカフェに来たら浮くだけだと諦めていたのだ。 夢にも見たカフェに入れて、美味しいケーキも食べられて。海星は幸せだった。自分が女装しているのを忘れるぐらいに。 「ところで、お嬢さんのお名前は?」 「お嬢さん?………はぇっ!えっと、お…いや!私はその、う、うみって言います!」 男性に名前を聞かれて、やっと自分が女装をしているのを思い出した。そうだ。今自分は女装をしていて、女性として過ごしているんだ。 “俺”と言いそうになったのをこらえて、私と言い直す。そして、友人Aが考えてくれた女装時の名前を名乗った。 うみ。海星の一文字から取った、安直な名前だ。そもそも、友人Aも海星も頭はそれほどよくない。バレないような名前を考えるなど、無理に等しい。 「うみ。そう、君にピッタリな名前ですね」 「そうですか?」 「あぁ。それよりも名前を聞いたのだから、僕も名乗らないと。郷田謙紫(ごうだけんし)。謙紫と呼んでくれたら嬉しいよ」 「じゃ、じゃあ、謙紫さん?」 海星が謙紫の名前を呼べば、それはもう蕩けたような笑みを見せてくれた。周りにいる女性が、うっとりするような笑みを。もちろん、それを目の前で見ている海星は、頬を赤く染めてキュッと唇を噛み締めた。 それから時間の許す限り、2人は楽しく過ごした。カフェを出たら、一緒にショッピングに回った。本当に楽しい時間だった。離れるのが惜しいほど。 「おっと。もう時間みたいですね」 「え?」 「仕事に戻ってこいと、20分くらい前にメールが届いていたみたいです」 「すいません。その、……私が!無理に引き留めてしまって」 「いいえ、うみのせいではありません。僕が、うみと過ごす時間を終わらせたくなかっただけです」 謙紫はそう言うと、海星の手を取り、手の甲にキスを落とした。 「うみ。これからも、君と一緒の時間を過ごしたい。よかったら、僕の恋人になってくれませんか?」 「こい、びと?」 「そう。恋人に、」 手の甲に落としていたキスが、だんだんと指先の方まで降りてきて。そして最後には、人差し指を優しく唇で包んで、甘く歯をたてた。 「ねぇ、うみ」 耳に届く、謙紫の甘い声が身体中を駆け巡り。海星は、ピクピクと身体を震わせながら頷いた。

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