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獣人生態把握調査へ
くすんだ色の絵本を静かに閉じた。日焼けしているその本は年月を感じさせる。これは僕が祖父からもらった、大切な本だった。
獣人が生まれて早、数十年。
獣人は人間よりも身体能力が高く、丈夫で、繁殖力が強いため、今や人類の圧倒的多数を占めていた。
人間とは基本的な違いはあれど、獣人はベースになった動物による影響が個性として強く出る。
例えばネコ科の獣人はプライドが高く、単独行動を好み、イヌ科の獣人は勤勉だが融通がきかず、集団行動を好む。
僕の生まれた睦月家は代々続く研究者の家系で、この絵本に出てくる科学者は僕のひいひいひいおじいちゃんだ。
国立総合獣人類研究所に就職した僕は、これから生態把握の一環として、獣人の私立高校へ調査に行く。
新卒ながら単独で大役を任されたのは睦月家として幼い頃から研究に従事したおかげ。――ではなく、ただ単に人手不足からだ。研究者という職業は人気がないらしい。獣人研究者はふたつの人類の架け橋になる、かけがえのない存在なのに。
タクシーの振動に揺られながら外を見ると、目的地である高校が小さく表れた。降りる身支度が済んだところでタクシーはゆっくり門の前で停止する。専用の穴が空いた帽子を外し、運転手の獣人が口を開く。
「………ついたよ」
「どうもありがとうございます。これお金です」
ぶっきらぼうな運転手は運賃を受け取ると再び帽子を目深にかぶった。愛想はないに等しい。それどころか、早く降りろと目配せまでされてしまった。
しかし獣人からの風当たりの強さには慣れていたので、僕はそそくさとタクシーを降りる。人類の歴史に原因があるんだろう、獣人は人間に対していい感情をもっていない者が多かった。
人間は、適応力が高い獣人の力を借りなければ生きていけない負い目があるため、彼らに頭が上がらない。
獣人は、非力な人間に対し軽蔑の目を向ける者もいるが、生み出された畏怖を感じている面もある。
まるで生き別れた親子のようだ。
僕は、獣人と人間が仲良く暮らしていける社会をつくりたい。その第一歩となる生態調査に、僕は並ならぬ使命感を燃やしていた。
僕の身長の何倍もある門は開かれていた。出迎えるように立っていたのは、姿勢のいい長身の獣人だった。
「遠い所から御足労いただき、ありがとうございます。睦月 宗介 さんですね」
顔の横から肩まで伸びた耳は、ウサギ科の中でもロップイヤーと呼ばれる種類だろう。グレーの毛並みが艶やかで、垂れた耳が特徴的だ。細いフレームの眼鏡がきらりと光る。
「あっはい。睦月です。これから三ヶ月間よろしくお願いします」
確認するように声をかけられた僕は遅れて返事をする。獣人が間近にいるからとはいえ、まじまじと見つめては失礼だ。しかし気にした様子もなくウサギの人は続けた。
「私は卯月 伊織 と申します。この学校の教頭です。早速ですが、案内いたしましょう」
挨拶もそこそこに、卯月さんはくるりと踵を返す。その後ろ姿には丸く小さなしっぽがついていた。早い歩調に置いていかれないよう、後につく。
長めの前髪から覗く瞳は切れ長で、眼鏡のせいもあるのか、少し冷たい印象を受けた。
そして私立高校の教頭にしては随分と若い。なかなかのやり手なんだろう。
調査期間は三ヶ月。
獣人と人間の橋渡しができるように、信念をもってこれからの調査に当たろう。そう、心に誓ったのだった。
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