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第3話

それから十五年。年の離れた弟のように、時には祖父のように厳しく柾樹の成長をこの上なく見続けてきた。 時折、本宅に呼ばれ、柾樹の状況を聞く当主にうんざりしながら報告をする。それ以上のことは何も言わなかった当主が、柾樹が十五の誕生日を迎えた頃から怪しい物言いに変わっていった。 柾樹の主治医が報告している。それは医者として真っ当な行動だ。問題はその中身だ。 すくすくとここまで大病もせず育ったのは、柾樹の努力と清彦の支えがあったからこそ。清彦は自分の仕事を真っ当しただけのこと。表面的にはだが。 真っ直ぐに無垢なまま育っている柾樹が大声を上げて笑えるようになったのも、清彦の愛情の賜物なのだから。 毎日の習慣の意味を教えたのも、暑い日に庭で蝉を取ることを教えたのも、全て人間らしく生きて行くためにと清彦が愛情を込めて育てたからだ。 病弱な幼子(おさなご)を放り出しておいて、元気に育ったからと柾樹に嫌味や罵倒する当主の物言いが気に入らなかった。 『あの役立たずはどうしている?生きているだけの金食い虫が。なんならその身体を売って働いてもらいたいくらいだ』 我が子に体を売れという親がどこにいるだろう。あの清らかで無垢な柾樹の身体を差し出して金儲けの道具にしようとでも言うのか。 所詮、雇われの身。言い返すことなどままならないが、理不尽な当主には嫌気がさしていた。まだ十八かと呟いた当主の言葉に身の毛がよだったのだ。 本宅から戻れば、テラスで冷水(ひやみず)に足をつけ、指先で水を飛ばしながら本を読んでいる柾樹の横顔が見える。 飲み物を持ちドアを開ければ、裸足のままあどけない笑顔を見せ飛んでくる。 「おかえり、清彦。お父様なんか言ってた?」 腰に巻きついた柾樹を連れたままテーブルに置き、柔らかい髪を撫でてやる。 「柾樹様が元気なられることを見守っておられるのです。優しいお父様ですね」 心にもないことを口にする自分に嫌気がさすがこれも仕事だと溜息を吐く。 できることならこのまま柾樹と二人で暮らしていきたい。誰にも邪魔されずのんびり暮らしたいと叶わない思いを胸の奥に隠す。 それっきりその話は口にしない柾樹は、また本を手に冷水に足をつけた。 あと二年。その先この子はどうなるんだろう。外の世界を知らないこの子があの鬼ような親にどうされるのか。 ただ、こうやってお仕えするだけの自分に何ができるのか、答えの出ないジレンマに焦りは募っていった。

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