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第5話

柾樹を抱えたまま電話をかける。奴しか頼る相手はいないのだが、会うのは久しぶりだ。 清彦にしがみついて震えながら泣いている柾樹を抱きしめ、憎悪と苛立ちを抑えながら繋がるであろう向こうの奴に、怒りをぶつけそうな勢いで早く出ろよと心中は叫んでいた。 『はい。どなた?』 呑気な声が耳に届く。感情を煽るようなその声に苛立ちが増す。 「久しぶりだな。頼みがあるんだ、すぐに来てくれないだろうか」 向こうからは「わかった」とだけ返事を残し通話は切れた。あまり頼りたくはないが、この緊急事態に悔しいが奴の顔しか浮かんでこなかった。 「名前も名乗らず、すぐに来いって…俺が仕事だったらどうしてたんだよ、まったく」 ものの数十分で現れた奴は、いとも簡単に塀を乗り越え、開いていた窓から顔を覗かせた。 窓枠に乗り律儀に靴を脱いで床に足を下ろす。その男は清彦の幼馴染みで元警官の結城 大吾といい、退職し、今は実家の酒屋を継いでいる。 「どうしたんだ?暴漢か?」 呻きながら転がる男に近寄り覗き見て、清彦に振り返る。 「そうだ、柾樹を襲ったんだ…そのツラ、どこかで見たと思ったら…先週まで来ていた植木屋の職人だ」 ふーんと鼻を鳴らし、そいつを覗き込む。 「で、どうする?」 「穏便に済ませたい。柾樹の為にも家の為にも」 「わかった」 そう言って携帯電話を取り出し、どこかに電話をし手短に話を終えた。 「坊ちゃんは寝込みを襲われたのか?」 しがみついたまま震えている柾樹は聞こうにも離れようとはしない。いきなり入ってきた暴漢に襲われたんだ仕方あるまいと落ちつかせるように髪を撫でてやる。 その様子に溜息を吐いた大吾は、同じように柾樹の背を摩ってやった。 「ご当主に言わないつもりか?」 そう聞いてくる大吾に頷いてみせる。事後報告でも当主は怒りはしない。柾樹に無関心な人だ。以前にも同じようなことがあったと清彦は報告をしない意向を示す。 「まあ、いいけどさ。あまりいい噂は聞かねーぞ、この屋敷。あんまりうまくいってねんじゃねーの?」 それを意図する意味が分からず首を傾げた。溜息を吐いた大吾は耳打ちをした。 「ご当主の仕事だよ。傾いてるって話だ。お前も身の振り方考えておいたほうがいいってことだ」 そんな話は寝耳に水だ。大吾が噂を聞いているなら多少はあるのかもしれない。 そう言われれば、最近の呼び出しで話す内容と言えば、金に関することが多かったように思える。柾樹を疎ましがっているのではなく、金に困っているとなれば、柾樹に稼げと忌々しく言ったことと辻褄が合う。 「ここはさ、時間が止まったような暮らしだよな。テレビもパソコンもない。もう世の中はないものがないくらい豊かだってーのに、慎ましく生きるのもいいけど、時代についていくことも必要なんじゃねーの。坊ちゃんもお前もさ」 ガラスにコツコツと石が当たるような音がした。大吾はカーテンを開け、外に向かって軽く頷いた。すると窓から男が二人入ってくる。そして暴漢を寝袋に押し込むと窓から外に向けて放り投げた。 「じゃあな。また連絡くれよな。あ、これ一個貸しだから!」 颯爽といなくなり静まり返った部屋で、ここでは眠ることもできないと判断した清彦は、震えの止まらない柾樹を抱えたまま自室に戻ることにした。

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