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「空を飛ぶ鉄の塊ハンパないって」 「飛行機が怖いなら近場にしておけば良かったのに」 「嫌だ。柚木、知ってるか。俺とお前、付き合い長いけど、旅行すんの初めてなんだぜ」  知ってるも何も、岡嶋の誘いを断って行かなかったのは僕だ。 「だからって、沖縄じゃなくても」 「ロマンだよ、俺の」 「ロマン」  それを求めるなら僕なんかとより彼女と行けよ。と云うのは野暮だろうか。  僕と岡嶋は、ホテルのチェックインを済ませ、日が落ちた海までの道をゆっくり歩く。途中、立ち止まって写真を撮る岡嶋の、手に握られたケイタイは大学時代に使っていたときより古く、10年、いや、それ以上かもしれない年季が入っている。  そうだ。岡嶋は文具だって小学生の頃のものをずっと使い続ける、そんなやつだった。 「岡嶋、お前、物持ちはいいのに、なんで彼女持ちは悪いの」 「彼女持ち?」  彼女持ちか。ははっと笑う岡嶋。 「そうねぇ」  僕に向けられたケイタイの、カメラのシャッター音が夜道に鳴った。 「なんて云うの、なんかさ、違うんだよね」 「言い訳か」 「違う、違う。付き合ってみたら何か違うなー、て。それで別れる」 「それは」 「最低だろ。よく云われる」 「確かに最低だけど、それはつまり、理想と現実のギャップみたいなものだろう。幻想を抱きすぎでは? アイドルだって汚い屁くらいするぞ」  岡嶋の笑い声が響いた。下で、数人の男女も楽しそうに笑っていた。 「柚木」  僕の少し前を歩いていた岡嶋が振り返り、自然に手を出してきたものだから、僕も、自然に岡嶋の手を握った。そのまま2人で暗がりの段差を下りる。 「一蓮托生。俺が転んだら、柚木も一緒に転んでくれよ」 「岡嶋が転びそうになったら、僕は手を離すよ」  本当は、転ばないように手を引っ張ってあげたい。けど、それはきっと、僕には許されないことだから。 「柚木くん、ひどーい」  砂浜で、若気の至りと云う青春を謳歌する若者たちと岡嶋の笑い声が重なった。  岡嶋はよく笑う。学生時代、僕を真面目一徹だとか石橋を叩いて渡らないとか云っていただけあって、ひょうきんで、どこへ行くにも先に立って僕の手を引いてくれた。石橋が崩れても、僕を落とさない為に――とは僕の妄想と願望が入った勝手な解釈だ。岡嶋にとっては、ごく当たり前の、深い意味のない行動なのだろう。  次第に若者たちの声が遠のき、砂を踏む音と強弱のついた波音だけが耳に心地よく響く。 「いいもの見ぃつけたっ」  東京のバナナを見付けたノリか。岡嶋が、誰かが置き忘れたのだろう、アウトドアチェアを波打ち際に持っていき、僕を見て笑んだ。 「柚木さまどうぞ」 「岡嶋が座りなよ」 「いいの? じゃあ、俺の膝に座らせてあげよう」  どこまでが友達と云えるだろう。  どこまでなら友達だと思ってもらえるだろう。  大学生の僕は、そればかりを考えていた。友達のラインを超えないように、この感情に気付かれないように。  10年という歳月が苦痛だったか問われれば、僕は幸福だったと答えるだろう。こうして一緒に居られるのが、その証拠だ。 「ありがとう。そうする」  本気にしなければ、岡嶋の冗談に乗っても大丈夫。いつか、岡嶋が本気になってくれればと思っていたが、そんな青い期待も、今はもう無い。 「待って」  云うと岡嶋はサンダルを脱ぎ、僕の足元に並べて置いた。 「濡れるべ」  海へ行くのに、どうして僕は靴を履いてきた。きちんと靴下も履いて。これでは海と云うより、山へ行く足だ。 「いいよ、裸足で大丈夫」  靴を脱ぎ、その上に靴下を乗せる。 「砂浜舐めたらいかんぜよ。怪我するぞ」 「岡嶋だって一緒だろ」 「違うね。俺は、足も面も厚いのよ。いいから履きなさい」  寄せる波に岡嶋の足が浸かる。大きな足だ。履いたサンダルの踵が広い。  ザア、と、大きな波音が立ち、飛沫が上がった。岡嶋が蹴り上げたのだ。揺れる水面が青く光る。丸で銀河を見ているようだ。 「ほい」  座った岡嶋がメッセンジャーバッグから取り出した缶飲料のひとつを僕に寄越し、おいでと膝を叩くので、僕は遠慮のないふりをして座った。友達なら、意識せずに軽くやるものだ。そうだろう、岡嶋。僕たちは、ずっと、友達のままだ。 「青く光ってんの何? なんか怖い」 「岡嶋って、結構怖がりだよな。夜光虫か、ウミホタルだろ。ああ、この時期だと人魂かもね」 「いじめないでよ。綺麗すぎるものは現実離れしててぞっとする。そういう怖さだよ。人魂なんて、怖かない」 「まあ、30前の男が2人でひとつの椅子に座って見る景色じゃないな」  岡嶋から受け取った缶を開けて中身を飲んだ。喉をドロリと流れてトマトの酸味が広がる。  満天の星空と青く光輝く海を見ると思い出す。僕はずっと、あの夜の海に置き去りになったまま、立ち尽くしているのだ。

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