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第3話
「狭山」
呼ばれて顔を上げると、目前に白いマグカップが差し出される。相沢だ。
__相沢に手を引かれるままに連れてこられたのは、駅前のホテルだった。機械相手のチェックインを済ませると、相沢は狭山をソファに座らせて、温かいコーヒーを淹れてくれたのだ。
「ありがとう……ございます」
そろそろとカップを受け取ると、狭山は口をつけ、湯気をまとうその苦味を啜った。香ばしい良い匂いが確かに鼻腔には届いているのに、何故か味を感じることができない。
「……さっきのさ」
相沢は狭山の隣に腰を下ろした。手には、狭山と同じカップを持っている。
「どういう意味なんだ?」
……そんなこと、聞かれても困る。狭山は相沢に抱いてもらい、一夜の抱擁の記憶と共に、相沢を“思い出”にしようと思った。他意は無い。
冷静になって考えると、何ともはた迷惑で馬鹿げたお願いをしてしまったものだと実感が湧くが、かといってそれ以外に、想いをずるずる引きずらないで“思い出”と変える方法も、思い付かなかった。
「意味も何も……」
相沢の求める答えが分からずに、狭山は言葉を濁す。相沢はコーヒーをゆっくりと飲み干すと、狭山に視線を向けて、
「……君は俺のことが好きなんだって、思っていいのか?」
少し遠慮がちに……洞窟の中を歩くように不安気に、そう問うた。
「……!」
いつも自分に自信を持った相沢からは想像できないような、新しい彼の表情に、狭山の心臓は早鐘を打った。
……未練たらたら、まだ好きなのだ。一体自分に、このどうしようもない気持ちを壊すことは、できるのだろうか。
「はい、……好きです。先輩が、好きなんです」
狭山は震えた声で、それでも相手に伝わるようにはっきりと気持ちを伝えた。
……どうせ、これで最後。だったら、一度くらいしっかりと気持ちを伝えたって、バチは当たらないだろう。最もただの自己満足に過ぎないが、それでいい。今ここでキッパリと振られたとしても、それはそれで気持ちに区切りがつくはずだ。
「……だから、俺が結婚する前に、俺に抱かれたい……そういうことか」
「はい。……ごめんなさい、ご迷惑は百も承知です。一夜の気の迷いとでも思って、抱いてやってくれませんか」
男を抱くのに抵抗があるのなら、目を閉じて、女性のことでも考えていてください。俺が、全部やりますから。狭山はそう付け足し、マグカップを机に置く。
「……君の気持ちに、正直全然気付かなかった。ごめんな、辛い想いをさせてたんだな」
相沢は、狭山と同じようにマグカップを机に乗せると、優しく狭山を抱き寄せて、キスをした。
「……いいのか、本当に」
まだ躊躇いを見せる相沢の言葉に、狭山はこくりと頷いた。迷いなんて、無い。
拒絶されなかった。嫌悪されなかった。……それだけで狭山は、心に火が灯ったような、温かい気持ちで一杯になった。
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