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是正滅法・か

  「解ったよ。こんどからは人気のないところで構ってあげるね」 たくさんいちゃつこうと冗談めいたようなことをいってくるけど、センパイは物凄く本気のようであった。だけど、そんなセンパイは高坂さんのように告白はしてこない。僕のことを口説くことはしてきても、好きだよとかつき合おうとかはいっさい口にだしてきたことがなかったのだ。ねちっこい割りにはそういうところはうすらぼんやりとしていて、僕は物凄く気持ち悪かった。 そんなセンパイからは、銀木犀の淡い匂いがする。金木犀と違ってそう自己主張をしないから馴染みある匂いにはなっているけど、センパイの匂いというにはまだまだ実感が持てていなかった。 なんていっていいのだろうか?僕の初恋というには烏滸がましいけど、そういう感情を少しだけ抱いたことがあるあの人が纏っていた匂いだったからだろうか?いまはもう、故人であるその人は少しだけセンパイに似ていたような気がした。 そんなあの人は空気のような人で掴みどころがなく、和服のよく似合う人だった。香水や柔軟剤、シャンプーや石鹸といった類いのモノを嫌っていて、いまどきは珍しい匂袋をいつも携えていたのだった。 「ん?どうかしたの?」 いつもなら「からかわないでください」と返す僕だったけど、なにもいってこないことにセンパイは首を傾げてきた。こういうところはあざといなと思いながら、「いえ、なんでもないです」と冷静そうにそう応じてから僕は高坂さんの方に顔を向け直した。 すると、高坂さんは僕の頭に手を置いて、髪の毛を鋤くように撫でてきた。うっかり興味を持ったような顔をしてしまっていたのだろう。高坂さんの目の奥にある黒い影が蠢いていて思わず、息を飲みそうになったから。 その嫉妬に似たソレは、あまり好ましいモノではなかった。だけど、その瞳から逃れられないことは事実で、僕は嘆息した。 そう、さっと顔を隠したつもりだったけど、高坂さんには通用しなかったようである。 「なる、部活が終わったら、海をみにいきませんか?」 高坂さんが僕にそういってくるときは、必ず決まっている。高坂さんの中に僕への不安要素がたまったときだ。つまるところ、海がみえる場所というのは高坂さんが下宿しているアパートのことで、ソコは僕の身体を彼が求める場所でもある。 とはいえ、高坂さんと身体を重ねることに抵抗はなかった。タダ、心が傷むのだ。虫が食ったように穴があいていく僕たちの溝が埋まらないことに罪悪感を感じて。ソレなのに。 「構いませんよ。補習が終わったら、教室で待っていてください」 迎えにいきますというたんたんとした言葉を残して、僕はセンパイの腕を引っ張った。  

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