3 / 9

第3話

◇◇ その日は、朝起きてからずっと、何だかそわそわして落ち着かなかった。 トイレに行って、顔を洗って、朝ごはんを食べて、歯を磨いて……。 一連の朝のルーティーンを終え、リビングのソファーにぱたりと座る。 朝早くから母さんと父さんは出かけてしまったから、普段なら聞こえる掃除機の音も、父さんの咳払いも、何も聞こえない。 一人ってこんなに静かなんだな、なんて思いながら、意味もなく立ち上がり、その場で伸びをしてみる。 ーーと、突然側で携帯が震え出した。 慌てて携帯を取り、着信を確認してみれば、同じクラスの雛口からだった。一体、何の用だろうか。 通話ボタンを押し、耳に携帯を押し当てる。 「…もしもし」 『ああ、秋鷹?お前今日ヒマ?』 携帯の向こうから聞こえてくる陽気な声に、少しだけ安心感を覚える。 いつもの、日常だ。 「…今日?なんで」 『ほら、今日神野内公園で祭りあるじゃん。山口達と一緒に行くんだけどさ、秋鷹も来ねえ?』 「あー……悪い、先約あるんだよ」 『先約?…あ、もしかして彼女か?』 「…んー、いや」 少し躊躇いながらも、その名前を口にする。 「…臼田。同じクラスの」 『臼田…?』 その名前を聞いて、雛口はさぞ驚くかと思いきや……意外にも黙り込んでしまった。 雛口がこんな風に黙ってしまうのは珍しくて、何かあったのかと勘繰っていれば、数秒の後、携帯から雛口の妙に落ち着いた声が聞こえてくる。 『…あー、あくまで噂だから、本当かどうかは分からないけどさ』 「…なんだよ」 『ーー臼田の父さんの会社、倒産したらしいぜ。それで臼田の家、…色々大変だとか』 「倒、産……?」 昨日の、翳った臼田の瞳が頭に蘇る。 真っ黒で、奥底の見えない、どろどろした瞳。 その倒産の事実が本当なら、…もしかしたらそのことが原因で、あんなに暗い目をしていたのかもしれない。 『まあ、あくまで噂だけどな。…まあ、そっちはそっちで楽しめよ。んじゃ、切るわ。…またな』 「…ああ」 ブツ、っと電話が切れる。 電話を切った後も、臼田の陰鬱な瞳が、頭から離れなかった。 もし、臼田が何らかの事情を抱えていたとしても、なるべく触れないでおこうと思った。

ともだちにシェアしよう!