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第5話
◇◇
「うわ、…マジかよ」
泣き止んだ臼田を連れて、屋台の並ぶ道に踏み込んでみれば、どこを見ても人だらけで、満足に進むことも出来なかった。
まだ俺は背があるからいいけれど、俺より小柄な臼田は、目を離せば人混みに紛れて消えてしまいそうだ。
少し迷ってから、臼田の肩にそろそろと手を回し、ぎゅっと抱き寄せた。
「……秋鷹」
臼田が、じ、と黒い瞳で見つめあげてくる。
もしかして、誤解されただろうか。
「…っあの、臼田」
違うから。決して変な意味じゃなくて、ただはぐれないようにと思っただけで。
そう弁明しようと口を開きかけて、それより早く、臼田の唇が言葉を紡ぐ。
「…ありがとう」
「……っ」
心臓が、どくんと音を立てた。
変に胸がざわめき出して、急激に全身の体温が上昇していく。
ーーあれ、俺何でこんなにドキドキしてるんだろう。
赤い顔を見られまいと、臼田から顔を背けようとして、それを引き止めるように、くん、っと臼田が服の裾を引いてくる。
「……秋鷹、あれ」
「…ん?」
臼田は人差し指で、ある方向を指し示す。
なにかと指された方向に顔を向けてみれば、屋台の看板には『フルーツ飴』と書かれていた。
「……え、…飴?」
「うん。…食べたい」
「いいけど…」
飴って食べるのに時間がかかるから、普通最後に買うものじゃないのか。
そんな言葉が口をついて出そうになったけれど、臼田が余りにじいっと屋台の方を見つめているものだから、結局言えなかった。
華奢な臼田の肩を抱いたまま、人波を掻き分け、何とか目的の屋台の前まで着く。
屋台には、定番の林檎の他にも、苺や葡萄、キウイや蜜柑など沢山の種類の飴がずらりと並べてあった。
「…どうしようかなあ」
臼田は目を輝かせながら、顎に手を当て、真剣に悩み出す。
そんな臼田を横目に、折角だから自分も買おうかと、屋台の端っこに並んでいた苺飴を手に取る。
「…これ、下さい」
「苺飴を一つね。二百円です」
ズボンのポケットから財布を取り出し、銀色の硬貨を二枚摘んで、おじさんに手渡す。
「はい、丁度。ありがとね」
苺飴なんて買ったことがなかったから、食べるのが楽しみだ。
ちらりと横を見れば、臼田はまだ迷っているようで、悩ましげに眉を寄せている。
「……そんなに悩むことじゃないだろ」
「だって、全部美味しそうだから…」
そう言って臼田は暫く悩み続けた後、やっと飴を一つ手に取った。
臼田の手に握られているのは、林檎飴。
「…結局定番かよ」
「うん。やっぱり、最後は林檎飴で締めたいなと思って」
最後、という言葉に違和感を覚えたけれど、すぐに自分達が高三であることを思い出す。
きっと、臼田が言った最後というのは、高校最後の夏ということだろう。
臼田が無事に林檎飴を買い終わった後、あまりの人の多さに嫌気がさした俺達は、一旦どこかに腰を下ろして、休むことにした。
人の多い屋台の並びを抜ければ、木が多く立っていて、閑散とした場所に出る。
辺りにいるのは、数組のカップルだけ。
俺が塀の上にゆっくりと腰を下ろせば、それに習い、隣に臼田が腰を下ろす。
人がまばらなだけあって、涼しくて、心地よい。早速買ったばかりの飴から袋を取り、先端をカリッと齧ってみれば、口の中に甘酸っぱい味が広がる。
「……なあ、今更だけどさ」
折角二人きりなのだから、ずっと気になっていたことを聞いてみようか。
ふとそう思い立って、声をかけてみれば、臼田は舐めていた林檎飴から唇を離し、赤い舌を引っ込めて、なに、と不思議そうにこちらへ顔を向けた。
「…なんで、俺なの。…俺達、別に仲良いわけじゃないし、…それに、お前には俺よりもっと仲良い奴いるだろ」
「……」
臼田のガラス玉のような瞳が、小さく揺れる。
臼田は俯いて、少し考え込むような動作を見せた後、ゆっくりと顔を上げた。
「…なんとなく、…かな」
「……はぁ?」
「ふざけてるわけじゃなくて。…本当に、なんとなくで……」
何それ、意味分かんねえ。
そんな思いが顔に出ていたのだろうか、臼田がくすりと笑う。
「…ま、何でもいいじゃん、そんなこと。…俺は、秋鷹を選んで良かったなって思ってるよ」
「……はあ」
半ば呆れたように溜息をつけば、臼田が目をきらきらさせて、それよりさ、と服の袖を引っ張ってくる。
「これ食べ終わったら、射的やろうよ。あと、ヨーヨーすくいも」
子供みたいだなと思いながらも、食べ終わったらなとあやすように言うと、臼田は頷いて、頰を紅潮させて、嬉しそうに笑った。
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