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第7話

◇◇ 「…どれからやりたい?」 アスファルトの地面に、家に着く前に買った二千円くらいの花火セットを並べながらそう聞けば、臼田は線香花火を一本取って、「これがいいい」と言った。 「…線香花火?それ普通、最後にやるものだろ」 初めてだ。線香花火を、一番最初にやりたいと言った奴を見たのは。 臼田は小さく首を振って、だって、とふわりと笑う。 「…最後だと、切なくなるでしょう。だから、最初に終わらせるの」 「…ふうん」 そういうものなのかと臼田の言い分に妙に納得しながら、銀色の小さなバケツの中に立てられた蝋燭にライターで火を点ける。 「…はい、秋鷹の分。…勝負しよう、どっちが長く火球を落とさずにいられるか」 「…いいよ」 臼田から線香花火を貰って、二人で同時に花火の先端を火の中に入れる。 少し経つと、燃えて赤くなった部分が段々と丸くなっていって、パチパチと音を立て始めた。 「わ、…綺麗」 臼田が小さく、呟く。 はと顔を上げれば、臼田の瞳に、幾千もの光の糸が写っているのが見えて。 俺は、手元に線香花火を持っているのなんか忘れて、思わず見入ってしまった。 黒い目の中で、蜘蛛の巣みたいに、いくつもの光の線が交差し、重なり合っている。それは まるで、沢山の星が散りばめられた夜空のよう。 「…あ、」 ぱた、と先に、自分の持っている線香花火の火球が、地面に落ちる。 「…もう一回」 もっとずっと、瞳の中のプラネタリウムを見ていたくて、人差し指を胸の前で立てる。 そうすれば臼田はくすりと笑って、いいよと頷く。 線香花火がなくなった後も、俺達は色々な花火に火を点けては、その美しさを楽しんだ。 最も俺は、自分の手元の花火じゃなく、臼田の瞳に映る花火ばかりを見ていたのだけれど。 そして遂にーー残っている花火は、最後の一本になった。 俺が静かに首を振れば、臼田はその一本を手に取り、先端を火に落とした。 少し経って、臼田の持っている細い紙筒の先から、火花が勢いよく放出され始める。 最初は赤、それから黄色、緑、青へと移り変わっていく様は、幻想的で、美しい。 ーーこの時間が、ずっと続けばいいのに。 そんな思いとは裏腹に、無情にも火花の勢いは段々と衰えていきーーある時点で、音がぴたりと止み、光が消える。 「…終わっちゃった」 ぽつりと呟いた臼田の声が、闇に溶ける。 涼やかな風が、頰を撫ぜた。 「…そろそろ、帰るか」 そう言って立ち上がり、バケツなどの片付けを始めれば……後ろから、臼田がきゅっと服の裾を掴んでくる。 振り返れば、黒いビー玉みたいな瞳と、視線が交錯して。 ーーまるで、麻薬みたいだと思った。 見つめられるだけで、胸がどきどきして、おかしくなりそうになる。 「…もう少しだけ、…一緒にいたい」 臼田の少し掠れた声が、鼓膜を揺らす。 その瞬間(とき)俺は、自分の中の何かが、壊れる音を聞いた。

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