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第8話

◇◇ 互いにシャワーを浴び、歯磨きをし終え、自室のベットに一緒に寝転ぶ。 そこまでほとんど会話はなく、臼田も俺も、終始無言だった。 「…じゃあ、電気消すぞ」 「…うん」 天井から垂れ下がる紐を引いて、電気を消す。 ーーまさか、臼田と一緒に寝ることになるなんて、思ってもいなかった。 煩い心臓を抑えて、目を閉じる。 けれど、変に意識してしまっているせいか、中々寝付けない。 臼田は、もう寝ただろうか。 薄く目を開けてみれば、臼田の綺麗な横顔が目に入る。 薄暗がりの中、窓から差し込む月光を反射して、その瞳はきらきらと光っていた。 最初はそれがどうしてか分からなかったけれど……目を凝らしてみて、はと気付く。 「…臼田…?」 臼田は、泣いていたのだ。 瞳にぷっくりと涙を浮かべて、嗚咽一つ漏らすことなく、静かに。 「…何でもないんだ」 臼田は唇だけを動かして、そう言った。 「……少し、寂しくなっただけ」 「…寂しい?…ああ、家に帰りたくなった?」 ううん、と臼田は小さく首を振る。 「…逆だよ。帰りたくない。けど、今日が終わってしまったら、帰らなくちゃならなくなる。…だから、寂しくて」 ふと、倒産の二文字が、頭に浮かぶ。 経験したことがないから分からないけれど、臼田の口調を聞いている限り、相当大変なのだろうという想像がつく。 「……あのさ、臼田」 臼田の視線が、天井から俺へと、移ろう。 向けられた瞳があまりに綺麗で、とくん、と胸が跳ねる。 「…あんまり、一人で抱え込むなよ。家に帰りたくないなら、またいつでも、俺ん家来ていいからさ」 「……秋鷹」 臼田が、ベットに片肘をつき、ゆっくりと上半身を起こす。 一体何をするつもりなのかと、その動向を目で追っていれば……臼田は俺へと手を伸ばしてきた。 その手が、頰に触れる。 熱を含み、潤んだ瞳が、そっと閉じられたかと思うとーーふ、と目の前が暗くなった。 続いて、唇に柔らかな感触。 それは、一瞬だった。は、と臼田の唇から吐息が漏れ、すぐに顔が離れてゆく。 キス、された。 普段ならきっと動けなくなるほどの衝撃を受けるのだろうが、今の俺は、自分でも驚くほど冷静だった。 この時間がどこか非現実的で、夢のようだったからかもしれない。 「……ありがとう」 臼田の顔が、柔らかな笑顔に変わる。 「…俺、忘れないよ。今日のことも、秋鷹のことも」 ああ、どうしよう。 すごく綺麗で、もっと見ていたいのに。 襲ってくる強烈な睡魔が、瞼を強引に閉じようとする。 「……さよなら」 「…ん…?おやすみ、じゃねえの…」 少しだけ気になったけれど、深く考えることはせず、単純に言い間違えたのだと解釈した。 「…そうだね、ごめん。…おやすみ」 睡魔に勝てず、遂に、瞼が完全に閉じられて、開かなくなる。 最後に見た臼田の笑顔は、儚げで、酷く美しかった。

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