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第7話
車を運転する天音は、ギアに置いた手の上に
僕の手を重ねさせた。とくん、心臓がひとつ鳴る。彼とこうして二人きりになるのは、
高校生以来だ。もっと戸惑うかと思ったのに、
共にいるのが自然に思えた。とても居心地がいい。(ムカつくけど、やっぱり好きなんだ)
結ばれて甘い蜜月を過ごしていたのに、
いきなり離れた彼を恨んだ。でも嫌いにはなれなかった。だって初恋の人だ。こんな僕に愛をくれた彼を忘れられるわけがない。
知らず潤んだ目元を片手で擦る。
ミラー越しに、天音が視線を送ってきた。
とても優しくて、また勝手に涙が溢れた。
「零、お前さ」
「何……? 」
「俺以外に誰のことも好きにならなかったのか? 」
「なるわけないだろ。今更それを聞くのかよ」
煙草の匂いが、届く。彼は……天音は、大人になった。前より男っぽくて、根っこの部分は、変わっていない。大好きな人。
「……俺も同じだ。他のやつじゃ欲情もしなかったしな」
「直球……」
赤信号で止まった車。静寂が車内に立ち込めて、ほんの少し怖くなる。
「隙だらけだな……相変わらず」
強い力が肩にかかる。
たくましい腕が、背中を包み込んだ。
「……っ、……」
暑い唇が、重なって舌が口内を暴れ回る。
懐かしい彼の熱。煙草の匂いが、
写るようでくらくらする。
目眩に似た錯覚の中、絡む舌の動きに
翻弄されていた。
「好きだ……」
「ん……ぅ」
食まれた舌が、痛く痺れる。
おずおずと舌を絡めたら、
また奪われる。
吐息が、宙に溶けて室内に熱が
こもり始めたところで、
クラクションの音がした。
「……ちっ」
「運転中だもん」
名残惜しげに離れた天音が、
可愛くて、思わず目を奪われていた。
「お前、後で覚えとけよ」
「怖いなあ」
分かっている。
どれだけ強気な態度を取ろうが、
天音は、本気で嫌がることはしない。
愛を伝えてくれるから、
彼と触れ合う時間を好ましく思う。
「大好きだからね……ずっと」
運転席から、伸びた手が髪を掻き混ぜる。
くしゃくしゃに乱れた髪に、
抗議したくなったけどやめた。
惚れた弱みが、邪魔をしたから。
「ありがとう」
静かに走り出した車の中、
デートに向かう場所を思い浮かべていた。
(どうやって、夢中にさせてくれるの? )
にまにまと、緩んだ唇は、
自分でも気持ち悪いけどしょうがないよ。
天音のせいなんだからね。
慣れた手つきでハンドルを切り、危うげなくブレーキを踏む仕草は、年月の流れを感じさせた。
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