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噂①
白瀬課長と一緒に過ごす時間(何か言い方がヤラシイ)が増えれば増えるほど、俺は彼に急速に惹かれていった。
自分でも段々とオカシイと思っていた。
俺は男で相手も男で。
優しいテノールの声は耳障りが良くて、ずっと聞いていたくなる。
名前を呼ばれただけで、うきうきと周りの空気が変わるほどにときめいて。
恋したての乙女かって。
ふと見せる笑顔が“美しく”、俺の腕の中に閉じ込めたくなった。
至近距離で俺と同じブランドの香水がふわりと香る度に、同じベッドで微睡む二人を想像するという…邪な想いに支配され始めていた。
ヤバい。かなりヤバい。
俺、大丈夫なんだろうか。
男でも…勃ちそうになるなんて。って言うか、勃ってるじゃん。俺、ノーマルだったはずなのに。
…何度かトイレに駆け込んだこともあった。
そんなある日、俺の歓迎会をしてもらうことになり、みんな早めに仕事を切り上げて、宴会場所へ直行となった。
「忙しくて、中々歓迎会できなくでごめんな。
ま、今日は無礼講ということで飲んでくれ。
酒も料理も美味いから、きっと気に入る筈だよ。」
俺より小さなこの人に、微笑まれながら頭をぽんぽんされて、いやが応にも俺の妄想は膨らむ一方だった。
この人…無自覚にこんなことするのか…
俺以外の奴らにも…
何故か胸がツキリと痛んだ。その痛みが何かもわからないまま、課長の後ろをついて行った。
時間より5分前についたのに、もう全員揃っていた。
「おーっ、噂のルーキー登場!」
矢鱈に煽る長谷川さんに手を取られ、課長と一緒に部長の待つ上座へ座らされる。
簡単な挨拶と乾杯の音頭が終わるや否や、みんな隣の人達との会話はしているが、ほぼ黙々と料理を食べ始めた。
?????
俺にとっては異様な風景に目を白黒させていると、課長がそっと教えてくれた。
「あのな、酒が入るとせっかくの料理を無視して飲んだくれるだろ?
だから、『最初と最後の15分は、自分の席で、出された料理をしっかり食べる』のが、うちのルールなんだ。
お前もちゃんと腹に入れとけよ。
食べてなければ恐ろしいペナルティがくるぞ。」
本当か嘘か、最後の台詞に身震いして、慌てて目の前の料理を粗方平らげた。
そして…『無礼講』と言った通りに、目の前には酔っ払いの集団が入り乱れている…
ヤバい。
長谷川さんと目が合った。
ドスンと、隣に胡座をかいた彼は、俺に耳打ちしてきた。
「おい、池本!お前、課長狙ってるって噂、本当か?」
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