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第11話
風呂から上がった由人は、ソファに座りレコーダーを操作している静樹に気がついた。
「……映画?」
「録画してたやつ」
数日前に静樹が観たいと話していた映画が放送されていたことを思い出した。
「お、俺も見ようかな……」
チャンスかもしれないと呟いてみると、静樹は黙ってソファの端に移動してくれた。
どうぞ、という意思表示に嬉しくなり、由人は温かいコーヒーを二つ入れて彼の隣に腰を下ろした。
こうして並んで座るのは久し振りだ。
気まずくなった夜から何となく互いを避けていたせいで、些細な事なのに心臓が音を大きくし始めていた。
(落ち着け!落ち着け俺……っ)
今回は過去にあったような喧嘩とか訳が違う。
無視もされていないし、静樹の帰宅が遅いわけでもなく。ラブレターは見つけてしまったが、あれも相手から押し付けられただけのものかもしれない。その証拠に封は開けられていなかったし、あの直後に彼は由人を抱き締めてくれて。
そこまで思い出した由人の頭に、無理だと言われた言葉が再生されてしまった。
マグカップを口につけ、飲む振りをしてちらりと隣を盗み見た。
端正な横顔。男らしい、凛々しい眦。
好きだと考える前に由人の身体は細胞レベルでときめきに震えてしまうのに。
無理だというあの言葉は、こうして一緒に映画を見ることも無くしてしまうようなものなのだろうか。
由人にはそこが分からなかった。
セックスは出来なくても、一緒に居ることは受け入れてくれるのだろうか。
今は許してくれていても、明後日には顔も見たくないと言われるのではないかと思うと、隣にいることが辛くなり始めている。
好きなのに、抱いては貰えない。だけど好きで好きで、心は痛い程彼を求めている。
何度考えても自分で決めることは出来ない。今のままじゃ悲しい。辛いから離れたい。離れたいけど好きだからそばに居たい。
(…世の中の人達もこんな風に悩んでるのかな……)
答えの出ない悩みは苦しくて、いっそ誰かに決めてもらいたいと馬鹿なことを考えている。
「……別に付き合わなくていいから、寝れば?」
かけられた言葉に思考から意識を戻して、失敗したと気がついた。
一緒に見ると言っておきながら、由人の視線は手の中のマグカップにある。
「え、や、眠いんじゃないんだ、」
「…じゃあ、見てていいから。俺はなんか見る気失せたから今度にする」
マグカップをテーブルに置いた静樹が立ち上がる。ソファについたその手を、反射的に掴んだ。
「……なに」
怒らせてしまった。一緒に見たいと言っておきながら、映画なんて全く頭に入らなくて。だけど、それは静樹との関係をどうにかしたくて。
ほんの少しだけでも、彼と共に時間を過ごしたくて。
「あの、俺……」
伝えたい気持ちは胸から溢れているのに、どうして言葉にして伝えるのは難しいのだろう。
「………由人、」
久し振りに向けられた彼の瞳は、本当に自分を見ているのだろうか。
共に生活をしていても、それはもう由人の元には戻らないのかもしれない。
側で笑っていたかっただけなのに。ただ、それだけだったのに。
「……ご、ごめん!アハハ、俺…っ、ごめん、俺が出てくから、静樹はここにいて。ね?」
「…………寝るのか?」
「うん、おやすみ!じゃね、」
逃げるように飛び込んだ寝室で、由人はこのまま消えてしまいたいと静かに涙を流した。
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