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第16話

幸せな朝を迎えることが出来たら、その日は一日笑顔で過ごすことが出来るものだ。 静樹のお気に入りの喫茶店でモーニングを食べたが、よく眠れたせいなのか、凛々しい瞳は復活しているし彼の周囲が光り輝いていた。 コーヒーの芳ばしい香りの中で、彼の姿は過去最高に魅力的だった。 まだ彼と全てを話し終えた訳ではなかった。昨夜はベッドに横になり話しているうちに静樹の方が眠ってしまったのだ。 まるで幼い子供が絵本を読んでもらっているうちに眠ってしまったように見えて、由人は悶える程ときめいてしまった。 由人がいない間、淋しくて不安で眠れなかったせいなのだろう。図々しくもそう考えたが、その通りだと彼も認めていた。 (あぁぁ、ほんっっと、好き!俺の彼氏最高かっこよくて可愛い!) ホームセンターの日用品コーナーで商品補充をしていた由人が浮かれていると、後方から低い声が響いてきた。 「おい、小畑」 「ふぁ、はいっ、」 「お前、特定の客と話し込み過ぎなんだよ。他の客の目があるんだからな。クレーム来ない程度にしろ」 数分前まで常連客の高齢女性と話していたのは確かだっただけに、由人は素直にすみませんと店長に頭を下げた。 彼はじろりと由人を睨んだ後、その場を去って行った。 「顔が緩みすぎ」 掛けられた声に顔を向けると、美夜子が出勤してきた所だった。 「美夜子ちゃん!あの、昨日はありがとう。昨日だけじゃなくて……、ユカちゃんとの大切なお家に泊めてもらってありがとうございました」 丁寧に頭を下げたが、彼女はじっと由人を見つめている。 「……?、あの、今日仕事終わったら荷物取りに行ってもいいかな」 「そりゃいーんだけど。……小畑っち、オトコの趣味悪ぃよね」 「え?なんで?」 「まー、いいけど。とりあえず仕事終わってからね」 レジ担当の彼女はそう言うと、さっさと行ってしまった。 静樹が昨夜何故彼女といたのかは、まだ詳しく聞かされていない。 朝に喫茶店で別れる時、彼から今夜は荷物を引き取ったらすぐに帰るようにと言われていた。 もう家出なんてされなくないからな。ちゃんと話をしよう。 彼からのその言葉に、歓喜で叫びたくなるほどだった。向けられる気持ちが嬉しくてたまらない。ずっと自分一人だけが彼を好きでいる様な気持ちになっていたが、静樹もちゃんと由人を好きでいてくれた。 もう、勝手に落ち込んで逃げるのはやめよう。 色鮮やかな柔軟剤を棚に綺麗に陳列しながら、由人は決意を新たにした。 俯いて足元を見つめる静樹の視界には、熱い湯が流れていく。 仕事を終えて帰宅したら。と、勤務中に順序よく話そうと考えていたはずなのに、おかえりなさいと出迎えてくれる由人を見た瞬間、用意していた言葉達が飛び散ってしまった。 とりあえず夕飯に、と食事を終わらせたくせに、先に風呂に入ってしまった。 (これじゃあ、今度は俺が逃げてるみたいじゃないか) みたい、ではなく明らかに逃げてしまっている。 困った事に、心の準備は可愛い恋人の微笑みに砕かれてしまっている。別れるつもりもなく、彼を好きだと素直に告げたせいかもしれないが、自信をつけた彼の笑顔は殺人的に愛らしく見えてしまい、話をするどころか抱き締めて押し倒したいという衝動を抑え込む事態に陥っていた。 (……よし!) 逃げていたのは彼だけではない。自分こそが彼と一線を越えることに躊躇し、逃げていた。 だが、いい加減それも終わりにしたい。静樹も由人を抱きたいと強く感じている。 「あ、お茶飲む?」 浴室から出た静樹にお茶を出した彼は、こんな時間に洗濯を始めていた。 「明日でいいんじゃないのか」 「や、その……美夜子ちゃんの所にいる間溜めちゃってたから。パンツとかは早く洗いたいじゃん」 ごく普通の会話のはずなのに、下着の事を口にした由人は何故か恥ずかしそうにしている。 (……ぅ、可愛い…) 静樹は受け取ったお茶を飲み干すと、由人の肩を抱いてソファへと移動した。 男二人が並んで座るのが精一杯なそれは、同棲を始めるに当たって由人が欲しいと言って買ったものだ。 狭いリビングに置くと更に部屋が狭く感じるんじゃないかと、あまり気が進まなかったが、今なら何故それを彼が欲しがったのか理解出来る。 普段の生活の中でも、近くにいたいとそう思っていたのだろう。 「……静樹?」 狭いソファで肩を抱いて座ったが、自然と距離が近くなる。まだ風呂を終わらせていないはずの彼から、甘い香りがした気がした。その香りに誘われるように顔を寄せると、躊躇いがちに目が閉じられた。 重なる柔らかな唇の感触にたまらなくなる。 そっと舌を出すと、ほぼ同時に彼の唇が開いて誘われたように感じた。 こんな風に彼の吐息を間近に味わうのはいつぶりだろう。由人の小さな舌は触れていない間に熟成したかのように、甘く感じる。 彼の口腔を全て味わいたいという欲望がこみあげ、由人の顎を掴み固定すると、奥へと舌を差し込んだ。 「んん、っ、ん、ぅ……っ、」 密着していた由人の身体が、徐々に柔らかくなり静樹の方に寄りかかってきた。 自分とのキスで溶け始めた由人の声が、静樹の身体を確実に熱く変化させていった。 「……由人、」 彼の淫らな柔らかさにもう我慢は出来なかった。許しを乞うように名前を呟くと、デニムの上から彼の股間に触れた。あまり分厚くない生地のせいで、手のひらの下でもう固くなっているのがわかる。 「……んっ、あ、」 生地ごとやわやわと手の中で揉むと、甘い喘ぎとともに由人の身体がゆっくりと踊るように動き出す。 「…っ、これだけで気持ちいいか?」 「………っ、ん、き、もちい、…っ、静樹に触られたら…、俺……すぐに、で、出そう、」 頬を赤くした顔で、なんていやらしい事を口にするんだろう。普段の彼はどちらかと言うと、発言も行動も年齢に比べて幼い気がするのに、こうして性的な触れ方をすると途端に艶を帯びた表情に変化してしまう。 だからなのだろう。彼の過去の男遍歴を知る大学時代の知人から、男のくせにオトコが途切れることは無かったと聞かされた事がある。 「…由人、腰上げろ」 その直後に居酒屋で同席になった。 てっきり、女性のようにしだなれかかり狙った相手を落とすのだろうと思っていたのに、彼が静樹に見せたのは、とても綺麗な涙と可愛らしい泣き顔だったのだ。 「…ん、」 素直に腰を浮かせた由人のデニムと下着をずらすと、桜色に染まったペニスが顔を出した。 純粋そうに見えるのに、よく見るともう先端が濡れている。 「ちょっと触っただけなのにな……」 からかうようにそこを見つめて言うと、由人が首に抱きついてきた。 「い、意地悪なこと言うなよ、」 「褒めたんだぞ?」 「……ほ、褒めたの……?」 「可愛いって言ったんだ」 すらすらと思った事がそのまま口から出ていく。目の前で目を丸くした由人と同じく、静樹も自分で驚いていた。 そんな顔を見ても愛しくて、欲望のままに静樹も自分のパジャマのズボンをずり下ろした。 それに気がついた由人が抱きついたまま顔を下へと覗かせる。 「……せ、」 真っ赤になった顔が今度は静樹に向けられた。 「そのまましがみついてろ」 密着していると由人の息遣いが間近で聞こえる。彼の甘い香りもそばにあるのがいい。 静樹は由人の腰を掴んで持ち上げ、自分の腰を跨がせた。 手探りで彼のペニスを掴み、自分のそれと一緒に両手で包み擦り合わせた。 「……ふ、んっ」 「…やばい、俺すぐに出るかもしんね……っ、」 そう思ったのは、擦り始めてすぐに膝の上の由人が腰を揺らし始めたからだ。 上下に扱く静樹の手の動きに合わせて、彼の細い腰がいやらしい動きをする様子に煽られ、一瞬にして射精してしまいそうになった。 「お、れも、俺も、出ちゃう、ぅ、んっ、あ、静樹の手、き、もちいい、っあ、」 耳元で濡れた声を聞かされては、もう持つわけがなかった。 「……く、イく、」 彼より早く出しまう事に恥ずかしさを感じたが、静樹が告げた後に由人もすぐに射精した。 結果的には彼の方が一足早く達していて、互いに息を弾ませていた。 「……こんな早く出るの初めてかも」 「ほ、ホント?……あ、久し振り、だったから?」 理由を聞きたがる由人が何を期待しているのかを察知した静樹は、ティッシュの箱に手を伸ばしそれを数枚引き抜いたあと、まだ手の中にある由人のペニスを掴んだ。 「ひゃ、」 「お前がエロい声出してて、興奮したからだよ」 そう告げてキスをすると、由人は耳まで赤くして俯いてしまった。 「……照れるのはいいけど、早く拭かねぇと取れないぞ」 密着する由人から少し離して股間を覗き込むと、静樹の手からティッシュを取りあげてしまった。 「お、俺が拭くから、」 「……あぁ」 由人は自分のものは後回しに、先に静樹のペニスを拭き始めた。 「…………あ、のさ。美夜子ちゃんもちゃんと教えてくれなくて聞いてないんだけど、昨日の夜…」 派手なメイクの生意気な女の顔が頭に浮かび、思わず舌打ちをしそうになった。 「…お前が家を出てからも仕事に行ってるのは分かってたから、仕事帰りにいつも……覗きに行ってたんだよ」 自分の行動を言葉にすると、またなんとも情けなく聞こえてしまう。だが、由人はそれを聞いて嬉しそうな顔を向けてきた。 「そ、そうなの?……お、俺の事見てたんだ…。声、かけてくれたら……」 「一緒に暮らしてる部屋の鍵置いて出て行った奴の仕事場に待ち伏せして?……明らかに別れるつもりで出て行かれてるのに、なんて声かけんだよ」 思い出してしまった苛立ちに言い方が強くなってしまった。それに気がついた由人が小さな声で、ごめん。と謝ってきた。 「……お前は気づいてなかったけど、あの女は気がついてたんだ。昨日は向こうから声掛けてきて…。ちょっと言い合いになってるところでお前とかち合ったんだよ」 「…………あ、諦めずに…来てくれてたってことだよね?」 「…あぁ。何度でも言ってやる。……俺はお前以外の奴はいらない。だから…俺のそばから離れるな」 俯いていた由人は、両手で汚れたティッシュを握りしめたまま肩を震わせ始めた。 「お前、ちんこ拭きながら泣くのやめろよ」 「あ、ご、ごめんっ、」 静樹のものを拭き終わった彼は、膝から立ち上がろうとした。 「まだお前の拭いてないだろ」 「や、重いかなって、」 手を掴み引き留めると、由人の腰に手を回して抱き寄せ、再び腰を跨がせた。 「いいから、拭けよ」 どうやら間近で見つめられて拭くのが恥ずかしいらしい。いざ肌に触れてペニスを擦れば快楽に素直になるくせに、これを恥ずかしがるのはおかしくないだろうか。 「……で、お前はあの伊谷って奴と飲んでたのか」 「え、あ、それはあの、……偶然会ったんだよ。ビールご馳走してくれたんだけど…。その店、静樹が来たことあるって、圭介さんから聞いたんだけど……」 言われて頭に浮かんだのは、クラブの中にある小さなカウンターだった。 「……あるけど」 「俺…、それ知らなかった」 知らなくて当たり前だ。そこで話した伊谷との会話は、静樹が思い出したくない不快なものしかない。 「ほんの数分いただけだ。……どんな風に聞いたんだよ」 「や、来たことあるのに知らないのかって言われてただけ。…どうして話してくれなかったのか気になって」 由人の手の中にあるティッシュを取り上げた静樹は、それをソファの横にあるゴミ箱に入れた。 互いに衣服が乱れた状態だったが、由人の腰を抱き寄せ、彼の肩に額を寄せた。 「あの男がお前と寝たことがあるのかと思ったらムカつくんだよ。だから話したくなかった。それだけだ」 自分の恋人なのに、過去の話でもあんなふうに聞かされるのは不愉快で仕方ない。 「……そ、そっか、」 そう返事をした由人の指が、そっと静樹の後頭部を撫でてきた。 「……何嬉しそうに笑ってんだよ」 盗み見た彼の表情は完全に緩んでいた。 「だって、静樹が嫉妬してくれるなんて思わなかったもん」 隠すつもりもないらしく、嬉しそうに笑う彼に胸がきゅんと音を立てた。 「あ、あの、圭介さんとは一回だけだし、昔の事だからね。あの人は恋人作らずに不特定多数の人とする人だけど、無理矢理とか相手のいる人には手を出さない人だから」 頬を染めて説明されても、やはり聞いていて気分は良くない。 静樹は彼の話を止める為に、再び股間を掴んでやった。 「ふやっ!」 「もうアイツの話はするな。……由人、今度はお前が擦れよ」 彼の手を自分の股間へと導くと、素直な瞳はすぐにしっとりと潤んで閉じられた。

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