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第6話

6  犬塚さんはすごい。  なんで改まって思ったかっていうと、異動からこっち、溜まりまくっていた疲れが、一緒にくっついて眠るだけで、すっかり綺麗に回復してしまったからだ。  昼前まで眠りこけたことになるけど、まあ仕方がない。犬塚さんの隣が、心地よすぎるのが悪い。  ずっと犬塚さんに抱き付いたまま眠っていたみたいで、肩に頭を摺り寄せたところで、意識がふわりと浮上した。重たい瞼をゆっくりと持ち上げると視界に映るのは肌色で、視線を動かすと、自室とは違う、オシャレな内装。漸くここが犬塚さんの部屋であることを思い出してゆっくりと身体を離すと、ぎょっとした。 「やっと起きたか。おはよ」 「お。……おはようございます……」  お互い、何も身に着けていない。  そりゃそうだ、昨日は素股で抜きっこした後に寝ちゃったんだから。  じわじわと昨夜の記憶が蘇ってきて、身体ごと熱くなる。ぎこちなく挨拶を向けると、犬塚さんの笑う気配がした。 「あんまり可愛い顔するなよ、したくなるだろ」 「うわあ朝から情熱的」 「残念秋くん、もう昼だ」  若干身を引いていると、本気ではなかったらしい犬塚さんが、ぽんと俺の頭を叩いてくる。確かに、カーテン越しに見える窓からは、燦燦と太陽の光が降り注いでくる。俺が起きるのを待ってくれていたらしい犬塚さん(やさしい)が、ゆっくりと身体を起こして、ベッドから降りる。 「飯、食えるか」 「えっ、手作り?!」 「簡単なもんだぞ」 「食う!」 「なんでもいい?」 「なんでもいい!」 「了解」  着替えとけよ、と言い置いて、犬塚さんは寝室を出ていく。犬塚さんは料理も得意だ。カッコいい。  一人になった俺は、犬塚さんのベッドの上で、天井を見上げる。それからごろりと寝返りを打った。  ……犬塚さんのにおいがする。  そんなのにも癒されちゃいそうで、なんかもう色々手遅れな気がする俺だった。  ――犬塚さんが、イケメンでやさしいのが、悪い。  前に来たときに置きっ放しにしていたパーカーとジーンズを着て、リビングに出ると、香ばしい良い匂いがした。ベーコンつきの目玉焼きだ。トーストの上に乗っかったそれはすごく食欲をそそる。サラダやスープもあって、どこの家庭の食事だ、というような朝兼昼ごはんを犬塚さんが作ってくれた。今すぐ嫁に来てほしいくらいに美味くて、だらしない顔で食べると犬塚さんが嬉しそうに笑ってくれる。嬉しいのは俺の方です。最近家にも来られていなかったから、手料理も久し振りに堪能させてもらった。  その後は、待ちに待った一緒にゲームの時間だ。大型テレビとゲーム機を貸してもらい、犬塚さんはノートパソコンに向かっている。同時に立ち上がると、同じ音楽が聞こえてきて、少し面白い。 「こんにちはー」 「こんにちはー」 「二人ともこんちゃー」 「ちわー」  キャラクターが画面に映るのと同時にギルドのチャットに挨拶をするのも、二人一緒になった。それに連なるようにメンバーから返事が返ってくる。俺の画面の方は、前回ログアウトした宿屋の場面だ。犬塚さんのキャラは別の場所にいる。こればっかりは、プレイ時間が違うから仕方ない(本社が憎い)。  お互いソファに座って、並んで別々の画面を見て、同じゲームをしているっていうのは、大分面白い画だ。 「今日何する?」 「シナリオ進めたいー」 「そしたらレベル上げだな」 「うう……もっとさくっといきたい」  っていう、今まではネトゲ上でしていた会話を、リアルに交わしているんだから驚きだ。ネトゲ上で二人だけのチャットをすることもなく、シノさんとパーティを組む準備をしていると、画面の中のギルドチャットが更新された。 「シノさんこんにちはあ! レベル上げ連れてってくださーいv」  その文字を目にした途端、胃が縮む思いがする。ナッツちゃんからの誘いだ。うう、いや、でも、我慢。犬塚さんのこと信じてるし、俺。うん。  と、俺が冷や汗を垂らして葛藤していると、ピロリンという音が大画面から聞こえてきた。俺のキャラクターに、個別のチャットが飛んできた音だ。 「アキさんお久し振りです! 良ければ一緒にレベル上げしませんか?」  名前を見ると、アークと書いてある。誰だっけ、って一瞬本気で思ったが、アレだ、こないだ助けてあげた新人の子。  ふうん、という声が聞こえてちらりと隣を見ると、犬塚さんがばっちり大画面の方を見つめていた。(勿論大画面なので、俺のプレイ画面は犬塚さんに筒抜けだ) 「アキも随分人気者だな」 「そんなんじゃないよ、こないだたまたま……」  俺が言い訳をしていると、無言で犬塚さんがパソコンのキーボードを打つ。気まずい。これでナッツちゃんにオーケー出されたらどうしよ、俺もアークくんと行くしかない、でもやだなあ……。 「今日はアキとデートだからごめんね^^」  俺の心配をよそに、画面に映し出されたシノさんの言葉に、一瞬目を疑った。 「ええ? なんですかそれぇ」 「二人は結婚してるんだよ」 「えええええええええええ」  案の定ナッツちゃんが驚きの声を上げ、すかさずリリアちゃんからのフォローが入った。ううう、抱き付きたい。俺はその衝動に堪え、ゲーム機に接続されているキーボードを打った。 「久し振りダーリン」 「おかえりハニー、待ってたよ」 「えぇえぇー、シノさん好きだったのにぃ」 「ホモだからね、仕方ないね」 「ねー」  乗っかるシノさんの言葉と、リリアちゃんとクラウスさんのナイスフォローで、ギルド内もそう悪くない雰囲気で終わりそうだ。ほっと胸を撫で下ろすと、隣から伸びてきた腕が、わしゃりと俺の髪を掻き交ぜてくる。 「断らないと思った?」 「う、ちょっと」 「そんなわけないだろ」  さらりとそう言う犬塚さんの声はひどく優しくて、どきりと心臓が跳ねる。ずるいよなあ。俺は何も言わずに、アークくんに断りのチャットを入れて、シノさんとパーティを組んだ。  それからは、二人でレベル上げ、だ。  空がきれいな丘の上で、羊や牛を模したモンスターを、弓と魔法で狩りまくる。やっぱり犬塚さんはフォローが上手い。効率よくレベルを上げる方法も知っているから、どんどん経験値が溜まっていく。「そういえばこないだ会社でさー」なんて、どうでも良いリアルの会話をしながら操作するのも、すごく楽しい。  レベルが上がった頃、ギルドのチャットが更新されて、「エリアボスいきませんかー」という誘いがきていた。エリアボス、というのは、その名の通り、指定されたエリアに現れるボスのことだ。一人じゃ到底立ち向かえないけれど、大勢でパーティを組めば倒せるし、何よりレアアイテムを落とすから、重宝されている。 「どうする、行く?」 「久し振りに行きたい!」 「了解」  最近は全然時間がなくて参加できていなかったから、わくわくして頷く。犬塚さんもすぐに頷いてくれて、「俺とアキ、参加でー」と俺の分もチャットを送ってくれた。 「新婚カップル頂きましたー」 「もう新婚じゃないでしょw」 「あれ、そうだっけ」 「いつまでもラブラブだからwww」 「クラウスさんたちには言われたくねーwww」  クラウスさんに誘われたパーティに入って、指定された場所まで行く。高レベルにならないといけない荒野で、空が紫色に荒れていたり、至るところに毒沼があったりと、禍々しい雰囲気だ。其処に現れる狙いのモンスターは、とにかく身体が大きくて、牛と馬が合わさったような巨大な魔物の上に、中身がない鎧が跨っている。一人で出会ったら絶対に死んでるやつだ。既に出現場所は目星がついていたようで、クラウスさんの先導の元、リリアちゃん、ナッツちゃん、ショコラちゃん、タロウさんたちと続けて行った。(その間もナッツちゃんはシノさんの傍を離れない。べ、別に気にしてないけどね!)  戦闘が始まると、音楽も変わる。緊張感を煽りにくる速いリズムで、久し振りに大人数でパーティを組んだこともあり、手元が覚束ない。 「あ、危ない」 「え、あ!」  もたもたしていたら敵から攻撃され、大きなダメージを食らう。しかしその直後、シノさんから回復魔法がアキの身体をキラキラと包んで、死ぬことはなかった。 「あ、あ、ありがとう」 「いや、俺の仕事だから」  とは、リアルで交わす会話。  さらりと言う辺りが、カッコよくてずるいんだ、この人。  思わずリアルで犬塚さんの横顔(パソコンを真剣にじっと見据えているのもカッコいい)を見つめていると、バシン、と嫌な音がする。あ。ヤベ。 「あ、あああ」 「アッキーwww」 「ご、ごめんんんん」  魔物が手にした槍状の武器で地面を割る攻撃のときは、巻き込まれないように急いで遠くに逃げないといけないのに、俺のキャラクターは一歩も二歩も遅れてしまった。ものすごく初歩的なミスで、ギルドのチャットからはむしろ笑いが飛んでくる。ううう。犬塚さんに見惚れていたから、なんて、言えっこない。 「し、しんだ」  ぐったりと倒れるイケメンのアバター……。申し訳なさ過ぎて、コントローラーをぐっと握り締めると、きらきらとした光がアキを包む。先ほどよりも大きな光と天から翼が下りてくる効果が現れた後に、魂が元に戻るかの如く、アキが生き返った。勿論、シノさんが生き返す魔法をかけてくれたんだ。 「あ、あああありがとおおお」 「気を付けろよー」 「はい!」  怒るでもなくさらりと言ってくれるから、やっぱり犬塚さんは優しい。  魔物が大分弱ってきて、そこから先は話が速い。クラウスさんが斧で切り込み、タロウさんが大剣で切り裂き、リリアちゃんが魔法を放ち、俺が弓をたくさん放って、ショコラちゃんが呪文を呟き、ナッツちゃんがハートを振りまき、シノさんが皆をフォローする。一気にそれぞれの技が決まって、しゅうぅう、と大きな魔物が消滅すると共に、戦闘に勝った音楽が流れる。 「おつかれー」 「ありがとー」 「おつかれさまー」 「解散するねー」  あっという間に解散の流れになる、このさらっとした感覚も好きだ。すげー楽しかった。久し振りの爽快感につい表情を緩めて、とりあえず体力を回復しようとアジトへと戻ったところで、「秋、秋」と隣から呼ばれた。 「なんすか」  って問いかけるより先に、隣から伸びて来た腕に、ぎゅうう、と強く抱き締められる。 「え、なに、なに」 「死なせてごめんな」 「あ、いや、べつに」  犬塚さんに見惚れてた俺が悪いけど、そこは素直に言い難い。視線を逸らしていると、頬に口付けられた。顎を掴まえられて犬塚さんの方を向けられ、今度は唇にキスが降ってくる。 「な、なんでこんな甘いの」  そのキスも、ちらりと見た犬塚さんの表情も、全部が全部甘ったるくて、正直恥ずかしくて仕方ない。思わず言葉にしたら、近い位置のまま、犬塚さんが笑った。元々整っている顔で優しく微笑まれたら、どきっとするしかない。 「いや、……いつもこうしてやりたかったんだ。アキを守れなかったときは」 「は、はずかしすぎる……」  そんな理由もすごく恥ずかしくて、熱くなった顔を犬塚さんの肩に埋める。そうすると気をよくしたらしいこの人が、耳に唇を寄せてきた。耳殻を辿ったかと思えば舐めてきて、肩先がびくりと跳ねる。ちらりとテレビに視線を向けると、ギルドで棒立ちで突っ立っているアバターに<退席中>と表示されていた。暫く操作していないと、自動でそうなる仕組みだ。 「い、犬塚さ、」 「ん」 「退席になってる……っ」  こ、これはまずい。  犬塚さんの手が俺の服を弄って、裾の中から手を突っ込んできた。素肌を撫で回されて、ぞくりと反応してしまう。 「うん。……秋、」 「うんじゃなくて、……っふ、ぁ」  名前を呼ばれて顔を上げると、そのまま深いキスをされた。口の隙間から入ってくる犬塚さんの舌が、すごく熱い。背筋が震えて、つい、俺からも舌を差し出す。犬塚さんはすかさずに舌先を掬って絡め取り、唾液を交わした。その間にも悪戯を止めない手が、俺の胸や腹を撫でまわす。  ゆ、昨夜もしたのに、若すぎじゃないこの人……。俺より年上なのに、随分元気だ。舌の根っこを攫われそうになるようなねちっこいキスに翻弄されているうちに、気付いたら上着を脱がされていた。肌を擽る手が胸元で止まって、昨夜も弄られた突起の先端を撫でてくる。赤く腫れた突起は少し触られるだけでびりびりして思わず身を捩るけれど、すぐに犬塚さんが追いかけてきて、距離が詰まる。ネトゲの聞き慣れたBGMが聞こえてきて、いつもより速い心臓の音と重なった。 「いぬづか、さ、……っぁ、」 「隣に秋がいるんだ、我慢できるわけないだろ」 「そん、な……ッ、ん、」  耳元でそんな熱烈な言葉を囁かないでほしい。背中からびくってして、身体の力全部が抜けてくる。犬塚さんはその間も耳に口付けて耳殻を舐めたり、腹を掌で撫で回したりしてきて、全部で俺を煽ってくるから、ほんとに性質が悪い。こんなの、その気になるに決まってるじゃんか。 「少しでいいから、さわらせて」  耳元で甘く囁かれ、俺は眉を下げた情けない顔を晒す。そろりと腕を持ち上げて、近い位置にある犬塚さんの背中を、ぎゅ、と抱き返した。 「やさしく、してね」 「――仰せの通り」  照れ隠しにそう囁き返すと、ふ、と小さな笑い声が聞こえてくる。  その声がとても優しくて、すごく擽ったい。

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