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第7話
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――結論から言うと、犬塚さんは優しかった。めちゃくちゃ。恥ずかしくて死にたくなるほどに。
「ぁ、あ、や、やだやだやっ、」
「ほら秋、じっとしないと」
「だって、だって、……ッ、ん、んんっ」
テレビとパソコンの画面は暗くなって、ゲームのBGMが途切れた部屋には、互いの吐息と布が擦れる音しか聞こえない。ソファの上、俯せの形にされた俺は、恥ずかしいところを犬塚さんに思いっきり見られて解されてる。
ローションを纏った指が孔に触れてきて、ゆっくりと中に入り込んで来る感触はいつまで経っても慣れないし、何よりこの昼下がりの時間は、部屋が明るい。明るいところでこんなの、どんな羞恥プレイですか。クッションに泣き顔を埋めて、堪えるしかない。
「っふ、ぁ、」
ぬるつく指が、内壁を擦ってくる。肉と肉を掻き分けて、犬塚さんの筋張った指が直接俺のナカに触れてくる感触は、いつまで経っても慣れない。クッションを抱き締めて、声を押し殺すと同時に、つい、その指を締め付けた。それでも犬塚さんの指は悪戯に動いて、ナカのうねりを味わうように、奥に進んだり戻ったりしてくる。違和感が強いけど、確かにぞくぞくする。っふ、と、大きく息を吐いた瞬間、ず、とその指が奥にある一点を掻いてきた。――その瞬間、頭が弾ける。
「あっ! ッや、待って、いぬづかさ、そこっ」
「――気持ちいい?」
「いいっていうか、ぁ、っあ! ンっ、ぁ、」
びりって、びりってきた。
――こんなの、知らない。
犬塚さんの指先がそこを撫でる度に俺の身体がびくびく跳ねて、堪えることもできない声が零れる。知らないうちに涙まで滲んできた。
「やっ、やだ、や、こわい、」
「しゅう、」
「も、や、やめて、」
未知の快楽は、恐怖でしかない。一度溢れた涙は止まらなくて、クッションから顔を上げて、縋るように犬塚さんを見た。このまんましてると、俺が俺じゃなくなっちゃいそうで、怖かった。
犬塚さんは、少し辛そうに瞳を眇めて、俺のナカからゆっくりと指を引き抜いた。
静かに顔を近付けて、額に口付けてくる。驚くほど優しいキス。
「う、ご」
「謝るの禁止」
「う、うう」
涙目で見上げれば、そこには穏やかな顔をしている犬塚さんがいた。
決して俺を責めない犬塚さんの優しさに、俺の胸が痛む。すん、と鼻を啜って、情けない顔をした俺は、そっと犬塚さんに顔を寄せて、その唇にキスをした。
「犬塚さんがこわいわけじゃないよ」
「うん」
「その、よくわかんなくて、」
「うん」
「あのね、だからさ、」
「うん?」
「今日は俺がするね?」
「――うん?」
俺の髪を優しく撫でてくれながら話を聞いてくれた犬塚さんが、そこで初めて時が止まったように俺を見下ろしてきた。俺は俺で、割とどきどきしながらそんな提案をしたから、犬塚さんの顔をまともに見られない。
――ごめんは禁止っていうけど、申し訳ないと思ってる。
犬塚さんと付き合うまでは、男同士でちゅーするのすら想像したことがなくて、セックスなんて夢のまた夢の話だった。気持ち的には、犬塚さんと触れ合いたいと思うし、実際触れ合っていたら気持ちよすぎてふわふわするけれど、自分のナカに犬塚さんのアレを受け入れるなんていうのは、ちょっとまだ勇気がもてない。いや、死ぬでしょ。だって、入れるとこじゃないんだよ。絶対痛い。もし、気持ちがよかったとしても、俺の知らない気持ちよさに溺れそうで、こわかった。
――でも、それは、完全に俺のわがままだ。犬塚さんは最初から、俺のペースでいいと、待っていてくれてる。
性の不一致で別れるカップルが多い、なんてよく聞くけど、このままじゃ愛想尽かされるのも時間の問題、なような。うう、辛い。
だから、ってわけじゃないけど。俺だって、犬塚さんのことを、気持ちよくしたい気持ちはある。
戸惑っている犬塚さんは珍しい。堪能できないのは勿体ないけど、ソファから降りて、床に座り込んだ。そして、犬塚さんが著たままのジーンズの前を、許可もなく寛げてみる。
「しゅ、しゅう?」
「はあい」
「何して、」
「俺ね、犬塚さんのこと、好き」
「うん?」
「すげー好きなの」
「う、うん」
「わかってくれる?」
犬塚さんのものは、触ってもないのに硬くなっていた。嬉しいけど、恥ずかしい。
視線を持ち上げて首を傾げて聞いて、許可もなく、下着の隙間から出したそれに触る。うわあ、でかい。いやこれ入れるのとか絶対無理でしょ。――とは思うけど、触るのは、いやじゃなかった。
「秋、落ち着け」
「うん?」
「無理しなくていいから」
「無理してないよ。……だめ?」
俺が聞くと、犬塚さんは諦めたような息を吐いて、俺の頭をぽんと撫でた。顔を覆っているけど、隙間から見える耳は少し赤い気がする。
「――いやだったら、すぐに止めろよ」
「うん」
いやになんかならないよ、絶対。
「――っふ、ぁ、ンッ、ぅ、」
初めて咥える犬塚さんのそれは、大きい。いやそもそも、同性のナニを咥えるなんて初めてだ。息苦しさにえづきそうになるけれど、何とか堪える。――大きすぎて根元まで咥えられないって、どうなの。最後まですんの絶対無理っしょ。
なんて頭の片隅で冷静に考えながら、唾液でいっぱいになった口の中に頬張って、じゅ、と吸い上げてみると、びくりと口の中のものが震えた。
息苦しくて涙の溜まった瞳で見上げてみれば、――ぞくりとした。俺を見下ろす犬塚さんの顔から、いつもの余裕が消えていて。眦を赤く染めて、息を詰めている様子は、すごく、色っぽい。
その顔がもっと見たくて、ごくりと喉を動かした。咥えたまま顔を引いて、口の中の粘膜で擦り上げるようにしてみたら、「っふ、」と小さな声が聞こえて、頭の中がじわりと痺れる。
「ん、ぃぬづかさ、……いい?」
「聞く、なよ、」
一度咥えたものを外し、裏筋を舐め上げてそう尋ねると、犬塚さんは目を逸らして小さく言った。こんな顔、初めて見る。俺はすごく嬉しくなって、もう一度奥まで犬塚さんのを咥え込んだ。舌で包むようにして、何度も擦って刺激する。犬塚さんのものの先端からじわりと滲んでくる先走りを飲み込もうと喉が動くと、「ん、」と犬塚さんが息を詰めた。
「しゅう、もう、」
「ん、――ん、ぅ、」
「いいから、しゅう、」
「――ッ、ん、んー……ッ、」
限界が近いんだろう。同じ男だからわかる。
溢れてくる先走りが俺の口の中を満たし始めた頃、犬塚さんが焦ったように俺の髪に触れてきた。いつもは優しく触れてくる指先に、少し力が籠もってる。あ、余裕ないんだ。でも俺は離す気はなくて、舌先でその割れ目を突いた後に、じゅぅ、と吸い付いた。
「しゅ、う……ッ、!」
「ンッ! ――ぅ、あ、っふ、」
その次の瞬間、犬塚さんのが弾けて、俺の口の中に粘ついたものが溢れてくる。なんともいえない味と感触は、勿論、初体験の味。さすがに飲み込む勇気はなくて、半ば呆然と口を半開きにして、ぼやけた視界の先で犬塚さんを見つめていたら、同じく呆然としていた犬塚さんが、はっとして起き上がった。
「もういいって言ったのに、秋、大丈夫か」
「ん、うぅ」
すごい勢いでティッシュを口許に押しつけられる。答えられませーん。
「吐き出していいからな」
「うー……」
なんとなくやだけど、初めてでごっくん、はやっぱりハードルが高かった。犬塚さんに宛がわれたティッシュの中に、粘ついた精を吐き出して、口許を舌先で拭う。犬塚さんはそんな俺の様子をじっと見て、大きく息を吐き出した後に、俺の身体を引っ張り上げた。
「わ、犬塚さん、」
「無理、するなよ」
「してない」
「ほんと、馬鹿だなあ」
正面から抱き締められて、目を伏せてしみじみと言われる。悪口だ、と怒るには、その口調があまりにも優しすぎて、俺も犬塚さんに身体を預ける。
「伝わりましたか、俺の愛」
「――十分、だ」
囁きに、笑い混じりの声が返ってきて、目を瞑る。柔らかく頭を撫でられて、穏やかな雰囲気に飲み込まれそうになっていたら、犬塚さんの手が、丸出しのままだった俺の内腿に触れてきた。
「今度は、俺が伝える番だよな」
「え」
「大丈夫、後ろはもう触らないから」
「え……?」
――犬塚さんの無駄に爽やかな笑顔が、本気フラグだと知ったのはこの後のこととなる。
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