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第13話
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犬塚さんが仕事に出てから、すぐにベッドに舞い戻った俺は、それからまたぐっすり眠った。それはもう泥のように。一週間分の睡眠不足を取り戻すべく、寝て、寝て、寝た。
ふわふわとした意識の中で、アキとシノさんが二人だけで強大な敵に立ち向かって、ギリギリのところで大きな一撃を食らい、すかさずシノさんが回復魔法で助けてくれて……、そのシノさんの姿がリアルな犬塚さんへと代わり、俺の身体を撫で回、したところで、意識が浮上した。
やべー、すっかり元気になったみたいだ。
身体もだけど、うん、そっちの方も。
じゃなきゃあんな夢、見ない。
夢に触発されて、犬塚さんに滅茶苦茶にとろとろにされたあの日の夜を思い出して、別の意味で身体が熱くなってくる。
うう、……抜こうかな。どうしようかな、って、思春期真っ最中みたいな、思いで視線をちらりと上げると、カーテンの隙間から見える空の色はオレンジ色。夕方まで寝転けていたんだと、そのときに漸く気がついた。
とりあえず暴れている下半身は放置して、枕元に置いたスマホを引き寄せる。
いくつか、メッセージを受信していた。
『大丈夫ですか? 何なら俺夜這いに行きましょうか?』
なんて後輩からのメッセージは既読無視を決め込むことにした。
『眠れてるか? 今夜も行くから、食いたいものあったら教えて』
昼休みの時間に、送ってくれていたみたいだ。
犬塚さんからのメッセージに、
『ごめん、今起きたー。すげえ元気になったよ。犬塚さんが来てくれるだけで幸せです』
って、本音を伝える。
犬塚さんのご飯だったら何でも美味いのは間違いないし。
――そして、ちくりと罪悪感。
うう、静まれ俺の下半身。
と、念じると同時に、頭に浮かぶのは、犬塚さんの、辛そうな顔。
半年以上、我慢させてるんだよなあ……。
それでも決して無理強いしてこない犬塚さんの優しさと自制心は、同じ男としてすごいと思う。俺、半年も我慢できたかなあ。
犬塚さんはまだ仕事真っ最中の時間だ、返信も暫く来ないだろう。
――俺は、スマホのネットアプリを起動した。
震える指で検索するのは、きっと、今更すぎるワード。
――いや、絶対無理っしょ。無理。マジ無理。いやほんとに無理? 無理なの? 現にこうしてやってる人もいるわけだし、俺だって指は入れられたわけだし、無理なことはないのでは? 頑張れるのでは? 何よりほら、所謂あれ、愛の力、ってやつ、信じてみたもいいのでは?
スマホの画面に映る、男同士のセックス動画を眺め見て、俺の頭の中はそんな思考がぐるぐるぐるぐる……。
犬塚さんの、でかかったな……。
咥えたときを思い出して、遠くを見た。
でも、自分で慣らして、ってのはどうにも抵抗がある。
ううん。
――なるようになれ、かな。
動画を消した俺は、ベッドのサイドボードを開けた。
何年か前の名残のコンドーム入りの箱、あと、冬場の手荒れのお供のワセリン。
これらがあれば、なるようになる、かも?
結局悶々としながらもまた一眠りして、気がついたら夜の時間だった。
――ピンポン。
インターホンの主は、確かめるまでもない。
俺はすぐに起き上がって、ぱたぱたと走って玄関まで向かった。すぐに扉を開ける。
「おかえりなさい!」
「た、だいま」
扉を開けたらそこには、ビニール袋を提げたスーツ姿の犬塚さん。買い物、してくれたんだ。
ただそれだけで嬉しくて、もうすぐに抱きつきそうになるのをぐっと抑え、「どうぞどうぞ!」と、促して扉を閉めた。あ。合鍵、渡してもいいかな……。
なんて考えが過ぎった直後、ぎゅ、と正面から抱き締められて瞬いた。
「もう大丈夫なのか」
「うん、すげー元気になった」
「よかった」
もう熱もないな、って、こつりと俺の額と犬塚さんの額を触れ合わせて熱を測る仕草は、もう完璧なイケメンだ。
ぼうっと見つめていれば、ふっと笑って、また抱き締めてくれる。
「これほどリアルでヒールが使えたらと思ったことはないな」
「ふは。……心配かけてごめんね、今日も来てくれてありがと」
「ん」
犬塚さんが、顔を傾けて口付けてくるのを受け止める。
――優しいキスだけで、HPもMPも、全快です。
どんな魔法より、俺によく効く特効薬。
晩ご飯は、犬塚さん手作りのおなかに優しいトマトリゾット。すげえ美味い。すっかり食欲も戻って、ただただ幸せな時間に浸った後は、一日振りの風呂を堪能する。犬塚さんは何でもないように「身体洗ってあげようか」なんて言ってきたけど、丁重にお断りした。だって多分そんな、一緒にお風呂なんてしたら、平常心じゃいられないし、この後のプランが台無しになる。
俺が風呂から出たら、どうぞどうぞと無理矢理犬塚さんに風呂を進めた。今日も帰すつもりはない。
――そして、今。
黒いTシャツに灰色のスウェットっていうザ・寝間着な俺は、ベッドの上に正座をして、犬塚さんを待っている。
き、緊張する。
風呂場から聞こえる水音が途絶えて、扉が開く音がする。その間も、俺の心臓はどきどきと脈打つみたいに煩い。初めての彼女で童貞を捨てたときと同じか、それ以上に緊張してる。
そうこうしている間に、白いTシャツと黒いスウェットに着替えた犬塚さんが、首にタオルを掛けて現れた。
うん、水も滴るイイ男です。
「秋?」
まあ、そうなるよね。
ベッドの上、改まった正座をした俺を、犬塚さんは不思議そうに見下ろしてる。
「寝てなくて大丈夫なのか」
「うん、大丈夫」
もうすっかり、そっちの方は元気いっぱいです。
髪を拭きながらも俺を心配してくれる優しい犬塚さんを見上げて、一度頷いた。
「犬塚さん」
「うん?」
「こっち来て、ください」
改めて誘うのは、それはもう、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。思わず敬語になるほどに。
犬塚さんは首を傾げるが、俺の傍に来てくれた。
「どうした?」
顔を覗き込んで尤もな問い掛けを向けられる。
そんな犬塚さんを見ていられなくて、その首に腕を回して抱きついた。
すっかり熱が下がった筈なのに、俺の身体は痺れるくらいに熱い。湯上がりの犬塚さんだって、ほかほかだ。
ぎゅ、と腕に力を入れて、その耳元に唇を寄せる。
「もう、我慢しなくていいよ」
精一杯の誘い文句は、もしかしたら犬塚さんにとったら、突拍子もないものだったのかもしれない。
少しの沈黙が流れて、――思い切り、抱き竦められた。
「ばか、」
「えっ」
「病み上がりだろ」
「そうですけど」
「無責任に煽るな」
「ちゃんと考えたよ」
「言ったな」
「うん」
「今夜は、やめて、って言われても止められないぞ」
「う」
どうする、って、少し身体を離して俺を見る犬塚さんの瞳は、少し熱っぽい。
その顔が堪らなく好きだなんて、口に出しては言えないけど。
俺は一度ぎゅっと目を瞑って、犬塚さんの唇に触れるだけのキスをした。
「だって俺、犬塚さんが好きなんだ」
そして笑って、内緒話みたいに囁く。
――俺にとっては、誰より優しくて、世界一カッコイイ犬塚さん。
溢れる気持ちを伝えるには、怖いけど、滅茶苦茶怖いけど、でも、それ以上に、――。
「ああもう、俺の方が好きだ」
まるでバカップルなことを言い返されて、反論する前に、犬塚さんに口付けられる。何度も唇を甘く噛まれて、気付けば、ベッドの上に押し倒された。
緊張する余裕もないくらい、頭ん中がふわふわする。
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