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第15話

15  ――気がついたら、ちゅんちゅんと雀が鳴いていて、カーテンの隙間から薄日が差している。  すっかり寝転けていた意識が浮上して、ゆっくりと瞬きを繰り返した。  身体が重い。特に腰と尻が……、って、自分で撫でていたら、昨夜のアレやソレやが頭を過ぎって、じわじわと熱が上がる。ちらりと視線を横に流すと、犬塚さんが眠っていた。  二人とも、何にも身につけていない。  最後の方の記憶はないから、後始末は犬塚さんが全部やってくれたんだろう。  犬塚さんの睫毛は、意外に長い。  癖のない黒髪がぱさりと揺れて、――犬塚さんが、ゆっくりと目を開ける。切れ長の黒眼が眠たげに俺の方を見た。寝起きもイケメンなんてずるい。 「ん、……おはよ」 「お、おはよ!」  しっかりじっくり見つめていたのがバレて気恥ずかしい。  犬塚さんは掠れた声で言って、俺の頭を引き寄せると、唇に口付けてきた。 「おはようのちゅー?」 「だな」 「ふは」  吐息で笑って、俺も犬塚さんの唇にキスをした。  犬塚さんは二人の身体に白いブランケットを掛け直して、俺の頭を撫でてきた。 「身体、大丈夫か」 「う」  気遣われるのも恥ずかしい。  俺は小さく頷いて、犬塚さんに擦り寄った。 「犬塚さんさ」 「うん?」 「俺が落ち着くまでゲームしないっていうの、アレ、なしでいいよ」 「いいのか」 「うん、俺犬塚さんのこと信じてるし」  シノさんと出会ってから、もうすぐ一年くらい経つ。  慣れていないネトゲの世界で初めて会った、親切な人。  何をするにもリードしてくれて、俺のもう一つの世界を、満たしてくれた。 「それにさ、俺がいない間に、色んなことやって、また色んなこと、教えてほしい」  いくら倒れたって、仕事の量がすぐなくなるってこともないだろう。  まだまだ社畜が続く予感しかしない。  全部、俺に合わせてくれなくていいんだ。 「かっこいいシノさんでいてほしいな」 「秋……」  笑って囁くと、犬塚さんもふっと笑う。  俺のことを、改めて、ぎゅ、と抱き締めてきた。 「やっぱりシノの方が好きだろ」 「どっちも同じくらい好きだよ、だって両方犬塚さんでしょ」  何当たり前のこと言ってんの、って犬塚さんを見上げると、少し驚いた顔をして、俺の肩に顔を埋めてきた。あ、照れてる。 「本当、お前には適う気がしないよ」 「えっ、それ、絶対俺のセリフ」  格好良くてイケメンで、優しくて料理も出来ちゃう、史上最強の彼氏。  それが、シノさんこと犬塚さん。  ――土日、ゆっくりした俺は、犬塚さんの甲斐甲斐しい看病のおかげもあって、すっかり元気になった。  金曜だけ欠勤したはずなのに、随分久し振りに出社するような気がする。結局、日曜も「心配だから」と泊まってくれた犬塚さんが、朝飯まで作ってくれた。  今日は、スーツ姿で並んで出勤だ。 「犬塚さん、色々お世話になりました」  革靴を履いて、ドアを開ける直前、犬塚さんに改めてぺこりと頭を下げる。犬塚さんは驚いてから、笑った。  正面から、俺のことを緩く抱き締めてくれる。 「いーいえ。元気になってよかった」 「犬塚さんのおかげー」  ぽんぽん、と軽く頭と背中を撫でてもらって、笑う。  離れ際、「あ」と、犬塚さんが声を出したから、顔を上げた。忘れ物かな? 「これ。受け取ってくれないか」 「え」  そして差し出されたのは、シンプルな銀色の鍵。  ――これって、もしかして。 「俺の家の鍵」 「えええ」 「自由に行き来していいよ。……いらない?」 「いいいいる! いります! ください!」  勢いよく両手を差し出したら、その上に、銀色が乗る。小さなそれが、すごく重たく感じて、ぎゅ、と握り締めた。  そして、はっと気付いて、俺は靴箱の上を漁った。確か、この辺に……、あった! 「これ! これも、もらってください!」  真似っこするみたいで悔しいけど、でも、このタイミングを逃すわけにはいかない。  俺の家の合鍵を、頭を下げながら差し出すと、犬塚さんが眉を下げて笑った。 「いいのか?」 「もちろん!」 「うん、じゃあ、もらうよ。……ありがとう」 「こちらこ、ん!」  そ、って言おうとした唇が、犬塚さんの唇で塞がれる。  ちゅ、と甘い音を立てて離れていけば、幸せそうな、笑顔が見えて、俺も少し、ぽうっとなる。 「秋の仕事が落ち着いたら、二人で住める家、探そうな」 「え」 「いや?」 「だだだだだ大歓迎です!!」  こくこくと何度も頷く。  ――犬塚さんと毎日一緒なんて、考えただけでも、顔がにやけてきそうだ。  犬塚さんはくしゃりと俺の頭を撫でて、頬に柔くキスをした。 「それじゃあ、行ってらっしゃい?」 「行って来ます、行ってらっしゃい!」  俺も、犬塚さんの頬に、ちゅ、と軽くキス。  元気よく挨拶をして、扉を開けて外に出た。  ―君は、ひとりじゃない。  まさか、あのネトゲがきっかけで、こんな出会いが待っているとは思わなかった。  確かに、――俺は、ひとりじゃない。  ある、研修の日。  別の支社へ出向いて研修を受け、後輩と並んで本社に戻る帰り道。  聞き覚えのある曲が聞こえて、つい足を止める。  電気屋に並ぶテレビに、俺がプレイしているネトゲの紹介動画が派手に流れているところだった。見知ったキャラや景色が動いているのを、ついつい目で追ってしまった。 「先輩、ゲーム好きなんですか?」 「あ? ああ、まあね、それなり」 「へえ、これも知ってるのです?」 「そうそう、面白いんだよー」 「じゃあ、俺にも教えてくださいよ」 「えー」 「えーって」 「難しいよきっと」 「そういうの燃えるタイプです」 「本体から揃えなきゃだし」 「ボーナス出たばっかりじゃないですか」 「ネトゲって敷居高くない?」 「前から興味あったんですよねー」 「なんでそんな頑ななの」 「すげー嫌がってるから面白くて」 「わあ性悪ー」 「一式揃えたら教えてくれます?」 「揃えたらね、揃えたら。さ、そろそろ帰ろうー」 「言いましたね、約束ですよ」 「はいはい、帰ろー」  まだまだ食い下がる後輩を無視して、俺は先に歩き出した。  ――まさか後輩の軽口が本気だったなんて、この時の俺には夢にも思わなかったんだ。  なんてのは、まあ、別の話!

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