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神様2

「えっと、僕は冬雪です。 黒曜村で染め物職人をやっていました」  冬雪は居住まいを正して深々と頭を下げる。すると、朽葉は慌てたように制止の声をかける。 「そんなことはしなくていい……! 頭をあげてくれ」 「でも……」 「必要以上に崇められるのは苦手だ。 やめてくれ」  その声があまりにも悲しそうで、冬雪はおずおずと顔を上げる。朽葉の眉値が困ったように寄せられている。 「わかり、ました……」  そんなことを言われても相手は神で、自分は生贄だ。崇めるなという方が不自然な気がする。 「何か希望や質問はあるか?」  硬い声音で朽葉は問う。先ほどから殆ど変わらない硬い表情に、冬雪はなんとなく居心地の悪さを覚える。  考えるふりをして視線を逸らせる。そういえば、ここはどこなんだろう。冬雪の最後の記憶は山頂付近で途切れている。それに、一緒にいたはずの黎は無事だろうか、夜の山はあまりにも危険だ。  単純に見えないことから怪我をしやすいこともあるが、夜は獰猛な獣やあやかしが動き出す時間だ。 「あのっ、僕と一緒にいた人はどうなったんでしょうか? 無事、ですよね……?」  祈るように問えば、朽葉は小さく息を吐く。目を閉じたまま静かに頷くと、少しの間の後に言葉を選びながゆっくりと話し出す。 「ああ、無事だ。 ここに入れることはできないが、知り合いの住処に送ったから安心しろ。 変な奴ではあるが、村の人間なら丁重に扱ってくれるだろう……」  朽葉の言葉にひとまずは安心する。半分ほど何のことか分からなかったが、安全であることは理解できた。それと同時にいくつかの疑問も沸いてくる。 「あの、ここはどこなんでしょうか? 僕、てっきり食べられて死ぬんだと思っていて……それに、黎が入れないっていうのは……?」 「……私は人間を食べたりしない、悪鬼でもあるまい。 第一、私は村の守り神だ」  朽葉が心外そうに鼻をならす。腕を組んで不機嫌そうにすると、より迫力がある。 「すみません……」  偏見でものを言ってしまったことに対して申し訳なく思う。村では生贄といえば死ぬことと同義だった。なんといっても生きた贄なのだから、当然食物と捉えていた。  朽葉としては、守り神であるのにその村の人間を食べるあやかしのように捉えられていたのだから、嫌な気持ちにもなるだろう。 「……仕方ない。 どの世でも、人間は神という存在を恐れるものだ」  諦めの滲んだ声で朽葉が言う。その瞳が少し寂し気で、冬雪の胸は僅かに苦しくなる。朽葉は神としてずっと畏怖の感情を向けられてきたのだろうか。

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