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1-4 人生最悪な日はある日突然地雷のようにやってくる
その日の夜は久々に賑やかだった。
若い隊員の多い第三砦は酒の席が好きな奴が多い。普段は任務の成功などの打ち上げがほとんどだから、客人を招いての酒宴は楽しいのだろう。
俺は席を外して一人砦のテラスに出た。賑やかなのは嫌いではないが、騒がしいのが続くのは苦手だ。
「少し酔った」と言って出てきたまま、テラスの椅子に腰を下ろす。穏やかな夜だ。見通しがよく、遮る物のない夜空は本当に美しい。
その時、軍靴の音が近づいてくるのに気づいた。優雅とも言えるのんびりとした音。それは今日一日で聞き慣れたものだった。
「ここにおりましたか」
「ランセル殿」
男は胡散臭い笑みを浮かべたままだ。だからまだ、仕事モードなのだと分かった。こういう時は近づいてきても平気だ。仕事の時は切れる人物だろう。
「酔ったのですか?」
「あまりに人の声が多いと頭が痛くなる」
「あぁ、なるほど。狐も耳のいい種族ですからね」
視線が耳を見るのを、多少不快に思う。それが顔に出たのだろう、ランセルはくすくすと笑う。
「別に、蔑む意味ではありませんよ」
「分かっていても反応はする。獣人は大概がそうだろう」
耳を見て、尻尾を見て、一部の種族は下等と見る。獣人の内部でもそんな事がある。部族間でも誰が上位だ下位だと、本当に腹が立つ。
ランセルは柔らかな笑みを向ける。これは知らない顔だ。その優しさのある笑みに驚いている間に、あろうことかこいつは俺の尾に触れた。
「!」
「綺麗な尾です。案外柔らかな手触りなのですね」
「無礼が過ぎる!」
「すみません」
獣人の尾に触れるのはよほどの信頼がなければ許されない。目を吊り上げて睨み付ければ、このトカゲは素直に頭を下げて深々と謝罪をした。
…調子が狂う。何が本当のこいつだ。いい耳は人の感情をも聞き分ける。心拍数や呼吸が言葉と合わない奴なんて五万といる。だがこの男はどれも偽りがない。
妙な奴だ。
「すみません、本当に。とても美しくて、触れてみたいと思ってしまったのです」
「美しい? お前の頭は大丈夫か? まだガキの頃には言われたが、この大きさになってその言葉を言う奴もいないぞ」
体格には恵まれた。身長は195と、狐族の中では大柄だ。ライオンや狼と並んでも見劣りなどしない。
ランセルは細いが身長は同じくらいだ。だが竜人の身体能力と力を侮ってはいけない。細くても力はかなり強いはずだ。
「美しいではありませんか。黒い軍服の背にかかる、その長く美しい強い光を放つ銀の髪も。鋭角で大きな耳も…あっ、耳の先端は毛足が長くて黒いのですね!」
パッと目が輝き手が伸びたが、これは避けて払いのけた。獣人の耳はそれなりに敏感な部分だ。他人に易々と触れさせるような場所ではない。分かっているはずなのに悔しそうに「チッ」と舌打ちしたこのトカゲ、焼け死ね。
「それにその尻尾も素敵です。他の狐族にも会った事がありますが、貴方の尾は一回り大きいですね」
「あぁ、そうだな」
確かにこの男の指摘は正しい。狐族の中でも俺の尾は大きくて長い。まぁ、体格に見合ったものではあるだろうが。
「何よりもその、強く青い瞳が素敵です。ご存じですか? 不機嫌に眇められるその瞳が、私をゾクゾクさせるのです」
「知らん。変態の思考など俺に分かるか」
「ふふっ、変態ですか」
楽しそうなトカゲは俺の前に回り込み、真正面から目を覗き込む。一見は柔和にも思える緑色の瞳は、その光彩に金を含むのか色の加減で不思議な色味に見える。
不意に距離が近づいた。俺は避けようと後ろに下がったが、直ぐにものにぶつかって避けきれない。何よりコイツの目だ。覗き込まれたまま魅入られて、俺の動きを酷く鈍くさせる。
「!」
体が動かない。目を見開いたまま焦る俺の耳に、不意に不穏な音が届いた。風に乗る、誰かの悲鳴が。
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