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1-5 人生最悪な日はある日突然地雷のようにやってくる
「待て!」
「!」
強い言葉で制止させた。ランセルも何かを感じて動きを止めている。その鼻先が僅かに動いている。
思いだした、竜人というのは匂いに敏感だ。逆に言えば気に入らない匂いの相手は徹底的に受け付けられないほどらしい。
「争いと…血の臭いですね」
「直ぐに出る!」
俺は直ぐに駆け出し、バカ騒ぎをしている部下の所に立った。
楽しそうにしながらも俺の顔を見て直ぐに何かしら起こったのだと察した部下は水を飲み込み真っ直ぐに立つ。
驚くべきはランセルの軍の者だろう。同じように戸口にランセルが立つと背筋を伸ばした。
「近くの村で何かあったようだ。ここより一キロ北東の村だ。急げ!」
「「は!」」
バタバタと動き出す部下を送り出し、ランセルを見る。奴も部下の前に立って、実に冷静な態度を示した。
「足で獣人には敵いません。だからと言って馬を用意するのも面倒。遅れはしますが走ります。後方の支援と住人の安全確保、事後処理に今は徹しなさい」
「「はっ!」」
ザッと軍靴が床を踏む音。動き出す竜人部隊を見るとコイツの有能さが分かる。そして、決して甘くない事も。
「私は一足先にグラース隊長と行きます。ハリス、任せます」
「お任せっす!」
軽い合図を送ったハリスがなおも動いている。そして当人は俺の肩を叩いて先を促した。
「行きましょう。私が先行すればハリス達は私の匂いを追えます」
「…分かった」
なんとも不思議だが、妙に落ち着いていられる。俺はその足で砦を抜け、既に部下達が向かっただろう森の中を走り抜けた。
獣人というのは足が速く地形の悪さなどものともしない。中には苦手な者もいるし、足の遅い部族もいる。だが、国境警備の軍人にそんなのろまはいない。
先行していた部下に追いつくのは簡単だった。
驚くべきはその速さで走る俺の後を、ランセルがついてきていることだ。
竜人族も足腰は強いが、獣人に比べると劣るはず。だがこの男は平気なようだ。ひょろいばかりの奴ではない。
村が見えてくる。小規模な村で、出来上がった霊薬を保存する保管庫のある村だ。
そこへと駆け込むと、村人達はパニックになっている。荒らされた様子はあまり見受けられないが。
「どうした!」
「グラース隊長様!」
声をかければ村の若い男が近づいて、震えながら俺の服を掴んだ。
「夜盗が村に押し入って、霊薬をよこせと…」
「それで、どうした」
「保管庫の鍵の番人が渡すのを拒否して、酷い事に。他は平気ですが」
「っ!」
報告した若い男の肩を避け、俺は保管庫へと走った。
村にたった一つの保管用の倉庫には物理的な鍵と一緒に結界が張ってある。鍵を持った番人でなければその扉を開ける事も結界を解くこともできない。
倉庫の前に辿り着けば、そのドアに凭れるようにして大柄な男が力なく座り込んでいた。
全身酷く痛めつけられたのが分かる。服が裂けた部分から血が流れ、殴られたらしい部分が腫れ上がり、僅かに肩を上下させているが一目で重症だと分かった。
そしてその男に縋るように、熊の子供が泣いている。
俺は近づいて、子供の肩を叩いた。泣き腫らして真っ赤な目が俺を見て、途端に安堵したように力が抜けた。その体をそっと下がらせて、俺は男の顔を見た。
思ったよりも酷い。顔の形が変わるほど殴られている。腕や足には庇ったのだろう切り傷が無数にある。喉元から「ヒュ…」という音がする以外は、何の反応も返ってこない。
「間に合うか…」
手をかざし、『ヒール』の魔法をかける。だが俺のスキルでは回復は弱すぎる。
戦闘特化とも言える能力と魔法スキルの対価が、回復スキルの弱さだ。とにかく効率が悪い。魔力を大分つぎ込んでも、呼吸音が僅かに安定する程度にしかならない。
助けたい。こんな事で誰かが死んでいいはずがない。こうした事がないようにするのが軍人の職務のはずだ。それなのに…。
悔しさと腹立たしさが苛立ちになる。そうなると余計に無駄な魔力がかかって効率が悪くなる。俺の額に汗が浮かぶ頃、その肩を叩く奴がいた。
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