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1-6 人生最悪な日はある日突然地雷のようにやってくる
「貸しなさい」
緑と金を混ぜ込んだ瞳が俺を見下ろしている。側に膝を突いたランセルは俺を脇に避け、男に手をかざした。
『ヒール』
同じ魔法のはずだ。上位の『キュア』ではない。なのにその効果は雲泥の差だ。
見る間に金と緑を織り込んだ魔力の光が男を包み込み、体の隅々まで行き渡って傷を消してしまう。呼吸が楽になり、腫れ上がった顔の傷も消え腫れも引き、無数の切り傷も最初からなかったようにしてしまう。
これが、スキルと魔力の差だ。
知らず、俺の手に力が入った。情けなく、悔しく、惨めに思えた。
「これで、大丈夫でしょう。念のために医者に診せて、数日休養を取るのですよ」
ずっと泣いていた子供に、心底安堵するような笑みを浮かべたランセルは立ち上がる。そして、アホみたいに呆然とする俺に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「…問題ない」
手は取らなかった。失礼は十分に承知しているし、気遣いも分かっている。その上で、俺のカスみたいなプライドに引っかかった。
立ち上がり、歩く俺の後ろをランセルは何も言わずについてくる。それにも妙に腹が立った。
村へと戻ってくると、部下達は自分の仕事をきっちりと行っていた。複数の足跡を犬族の部下が調べ、臭いを覚えている。
「やはり、竜人四人と狼族、そして猫族の臭いがします」
「そうか…」
足跡は森へと通じている。事件が起こってから、まだ一時間と経ってはいない。
追えるかもしれない。思い、俺は足跡を追って森の手前に立った。
「待って下さい。一人は危険です」
後を追っていたランセルが俺を呼び止める。だが俺はその声を無視するように森へと足を伸ばした。
足跡は追える。それに奴らが触れたあの熊族の男の血の臭いもまだしている。月明かりが時折差し込む深い森の中を走った俺は、だが二キロも行って道を見失った。
忽然と痕跡が消えている。村から二キロ、ジェームベルト国境寄りだ。
「逃がしたか…」
馬でも用意して、ここで乗って逃げたか。もしくは転移魔法などの力を借りたか。どちらにしても痕跡がなければ追えない。俺はそのままズルズルと地に腰を下ろした。
「っ…」
体が熱い。無理矢理合わない魔法を使い、魔力を無駄遣いしたから反動が来た。
息を吐き、煩くなり始める心臓を落ち着けるように胸元を握り、前に上体を倒す。こうしていれば少しずつ落ち着いていく。俺の体だ、勝手は分かっている。
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