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1-7 人生最悪な日はある日突然地雷のようにやってくる
だが、そこに影が差したのは予想外だった。緑と金の瞳が、俺を近くで見ている。
「辛そうですね」
気遣わしく伸ばされる手を、俺は払った。冗談じゃない、こんな奴に憐れんでほしくない。
「放っておいていい…」
「体が熱を持っています。無理に魔力を注いだからでしょう?」
「だとしても、お前に縋る気はない!」
牙を剥く俺の威嚇にも、ランセルは動じていない。それどころかゆっくりと頬に手が伸びてくる。
冷たい手だ。コイツもここまで走ってきただろうに、息も乱さず体温も上げていない。どんな芸当だ。
そのまま、とてもゆっくりと体が近づいて俺の唇に奴の唇が触れた。驚いて目を見開く。抵抗しようとしたが、問答無用で流れ込む魔力に力をなくした。
「っ! …ふっ…」
心地よく満ちるそれは、同時に甘く身に染みる。熱を奪い、鼓動の速さを落ち着け、甘く甘く誘惑をする。
意志など無視して体が反応していくのは、なんとも滑稽で腹が立つ。バカになりそうな脳みそに目一杯、俺は命じた。
ガリッ
奴の唇を噛む、ほんの少しの血が舌に触れる。驚いたように緑の瞳が見開かれるのを、俺は心地よく見た。
甘い味が口の中に広がるのを飲み込み、取り込んだことで血が沸く。僅かな興奮に鋭く笑う俺を、ランセルはとろりと蕩けるような目で見つめた。
「美しいですね、とても」
そう言って、自分の血に濡れた俺の唇に、まるで紅を引くように指をなぞらせる。
怖いと感じ、俺は身を引いた。体は思うように動き、熱も引けている。立ち上がり後ろに飛んだ俺を、ランセルは実に楽しそうに笑って見ている。
狂っている…。
俺の底の方で、呟く言葉が広がる。この男はどこかおかしいのかもしれない。
普通は恐怖するものだ。獣人は血の臭いに敏感で、多少なりとも興奮を覚える。食らうような事はないが、一般的には暴力的になる事が多い。それは、肉食と呼ばれる種族には顕著だ。
狐は雑食種だが、それでも肉を好む。血の臭いに誘われて、普段は押さえ込んでいる本能や欲望は解放されやすくなる。
普通は怯えるはずだ。例え竜人とは言え、本能をむき出しにする獣人の相手は手に余る。怪我などしたくなければ立ち去るのが普通だ。
それを、「美しい」だと?
ランセルはゆっくりと服の裾で自身の血を拭う。噛んだ傷は痛々しい色になっているが、気にする様子もない。そのまま近づいた奴は、俺の前に立って笑った。
「貴方はとても、美しい人ですね」
疑いも、恐れも、冗談もない。この男は本心からこの言葉を口にし、目の前に立ち、ただただ俺を見つめる。こんなイカレた奴を見るのは初めてで、俺はただ呆然とするのみだった。
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