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2-3 頭がおかしい事と有能さはまた別の話

 何にしても砦を出て、俺はランセルと共に森へと向かった。  襲われた村を経由することなく、昨夜見失った地点へと到着する。そこには既に臭いもなく、ごくありふれた森の光景が広がるばかりだ。 「どうして一緒にきた」  鋭く声を投げるが、後をついてきたランセルははぐらかすように笑みを見せるのみ。俺はいよいよ苛立ってきた。 「どうした、何が言いたい。お前のその薄気味悪い笑みが俺は嫌いだ」 「では、どの顔がお好きですか? やっぱり…」 「お前の存在が好かん」 「あっ、けっこう酷いです」  取り繕うような笑みが消え、コイツなりの素の表情になる。たったこれだけで空気が変わる。冷たいくせに重苦しい空気が霧散するのを確かめ、俺は背を向けた。 「何に警戒した」 「おや、おわかりではありませんか?」 「…ハルバードか」  昨日の席にハルバードはいなかった。所用で出していたのだ。 「グラースさん」 「なんだ」 「彼を側につけておくのは止めなさい。いつか寝首をかかれますよ」  とても静かに、だが当然という様子で言うランセルを、俺は睨み付けた。  分かったような事を言う。知ったような事を言う。俺はコイツのそういう態度が気に入らない。  何よりも昨日顔を合わせたばかりの奴に何が分かる。ハルバードは若い俺を文句も言わずに補佐してくれた奴だ。確かに全てを知るわけではないが、それなりに信頼はしている。 「おや、怒らせてしまいましたか」 「何を根拠に言っている」 「そうですね…。あえて言うなら、目でしょうか」 「目?」  特に気になる点はない。あいつはいつも無表情で、これと言った変化はなかったように思う。 「彼、貴方の事が嫌いですよ」  悪戯を告げ口する子供のような口調が、俺の神経を逆なでする。それと同時に、僅かでも疑った自分を叱責した。  3年も一緒にやってくれた部下だ。大変な時も何の文句も言わずに職務に忠実でいてくれた奴だ。それを、昨夜知ったばかりの男の言葉で疑うのか。 「…俺の隊への侮辱は、止めてもらいたい」 「…そうですね。要らぬお節介でした」  それっきり、ランセルとの会話はなくなった。  結局現場からは何も見つからなかった。だが、マイナスではない。見つからないということを確認できただけで十分だ。 「誰か、転移装置を使っていますね」  脇から同じ事を思ったランセルが口にする。実に数時間ぶりの会話だ。 「竜人が馬で移動するならユニコだろうが、奴らの蹄の痕跡が見当たらない。この辺は土が僅かに湿っている。一晩程度で跡が消える事はないな」  加えて狼の獣人がいるなら、その足跡がなければならない。奴らは走るときに特徴がある。足の前側で強く踏み込むから、どうしても土踏まずから前の足跡が深く地に残る。静かに歩いているならまだしも、逃げているのだ。あり得ない。  そうなると、忽然と消えたが正しい。転移装置という、扱いの面倒な魔道具があるからそれだろう。事前に安全な場所に本体の装置を置き、それと連動している小さな装置をセッティングしてそこに入った者を本体のある場所まで飛ばす。 「あれは高いし、作動させるにはかなりの魔力が必要だ。公的な場所、城くらいだろう」 「あと、軍部も使っていますよね」  その言葉に、俺は弾かれた様に顔を上げた。ランセルがニヤリと笑うのを、睨み付ける。 「内部にいるというのか」 「実行犯と主犯、もしくは協力者が一緒に行動しているとは限りませんよ」  確信を持っているようなコイツの言葉に、俺は苛立つ。だがどこかで分かってもいる。苛立つのは、完全に否定しきる要素がないからだ。 「グラースさん、現実は見なければなりませよ」 「何を知って俺の部下を貶める」 「貶めるだなんて。可能性があると言っているだけです」 「十分に貶めているだろう!」  ギリギリと歯を食いしばる。この男が嫌いだ。見透かすような緑色の瞳と、見下すような笑みが嫌いだ。冷血な男だ。  ランセルは今も仕事の顔をする。薄い感情の見えない笑みを張り付かせている。そしてそのまま、俺との距離をつめた。 「では、はめてみませんか?」 「はめる?」 「えぇ。貴方の部隊に裏切り者がいないのなら、数日で事件は終わりにできます。裏切り者がいるならば、貴方はそれを直視する事になります」  心臓が、妙な音を立てて加速する。  俺は、恐れているのか? 長く共にいた部下を信じ切る事もできず、昨日出会ったばかりの男の言葉に惑わされ、どこかで疑いを持っているからこその不安を感じているのか? 「グラース隊長、どうしますか?」 「…分かった」  信じている。これは俺の意地だ。だがもしもコイツの言う事が正しいならば、止める。せめて引導は俺が渡す。  睨み付ける俺の目を見たランセルは途端に瞳を柔らかく緩め、なんとも締まりのない顔をして一言「美しい」と呟いた。

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