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2-5 頭がおかしい事と有能さはまた別の話

「さて、次は薬の加工を行っている村が襲われたのでしたね。頃合いは…」 「二週間後だ。おそらく奪った霊薬の原料を持っていったはいいが、売れなかったんだろ」  当然だ、買う側だってリスクと利益の釣り合いが取れなければ手を出さない。  闇商人なんてのは恐ろしく利口だ。無理をしない。あの薬の製造方法はこれらの村にいる人間しか分からないのだから、原料渡されたって困るし、もしもそんな物を持っていれば投獄だ。 「被害はありましたか?」 「村人が二人殺された。加工途中の薬が奪われ、必要な道具の一部が壊れた」 「人的被害が出たわけですね」  ランセルが地図に書き込む。こう見るとまるで人ごとのようだ。机上の話、そうはしたくないというのに。 「そして、一線を画すのが次。初めて保管庫が襲われた事件ですね」  俺は暗い目を落とした。忌まわしい事件だ。 「それにしても、ここまで時間があったのに対策打たなかったのですか?」 「そんなわけあるか。最初は第二、第四砦への協力要請をした。気に入らなくても実害が出ている。それを何だかんだと言い訳して腰を上げないうちに人的被害が出た。奴らの返答など待っていられないからな、ここで本部に要請を出した」 「後手ですね」 「分かってる。お前はいちいち俺の神経逆なでするな」  睨み付ければ口を閉ざす。だが、真剣な瞳が地図の上を睨むのは、正直に言えば心強い。  中身はまったく信用していないが、軍人としては悪くない。腹も立つしぶつかるが、少なくとも腰の重い奴らよりは話ができる。 「さて、保管庫の襲撃は加工を行っていた村が襲われてから、僅か五日後。これまでの経緯から考えて、随分と加速しましたね。それに、明らかに手口が違います」  調書を手にしながら、ランセルは言う。俺はその光景を未だに忘れていない。あんなに苦しい思いをしたのは、初めてだった。 「盗賊は突如村の付近に現れて、迅速に保管庫の鍵守を襲った。この時村の警戒に当たっていたのは3名。内、1人が死亡、2人が重症。鍵守の男も死亡ですか」  ギチギチと爪が手の平に食い込む。俺は、助けてやれなかった。  事件が起こったのは、砦からそう離れていない保管庫の村。  異変を察知して駆けつけると、部下の1人が転がるように前に出た。肩から胸にかけてを切りつけられ、そこから溢れる血が止まってはいなかった。だが、村に入れば更に酷い有様だ。  ぐったりと横たわった部下は、まだ微かに息があった。だが、保管庫の前で戦ったのだろう部下と、最後まで鍵を渡さなかった鍵守の男は既に事切れていた。  腕に抱き、苦しさに声も出なかった。戦った戦士の体は、まるでボロ雑巾のようになってしまっていた。  そっと、手が触れる。ポンポンとそれが、俺の手を打った。子守じゃないんだ、止めろ。思って睨んでも、コイツはかまいもしないし止めもしない。 「検証結果は?」 「…生き残った隊員の話で、竜人が4人、狼が1人、猫が1人と分かった。実行犯は竜人で、退路の確保や後方を狼と猫がしていたらしい。犯行は10~15分。俺達が異変を察知して駆けつける直前に森に逃げ込んでいる。犬族の隊員と後を追ったが、森の途中で痕跡が消えた。ここだな」  俺は地図に赤い印を書き込む。村から二キロほどの距離だ。 「この頃ですね、ジェームベルト軍への要請があったのは」 「少しずるをして、軍部の上に掛け合った。竜人が関わっているとなると、俺達では力が不足する。横の統率がまったく取れないんじゃ、適任に頼むしかない」 「貴方が冷静かつ公平な指揮官で良かったですよ。その後を考えると、判断の遅れが確実に被害となっていたでしょう」  呆れたような溜息の後、ランセルは更に被害報告を地図に書き込む。次の保管庫襲撃はその3日後。あまりに早かった。  この時、狙いが保管庫に移った事は分かった。だからこそ人員を割いて周辺の保管庫を警護させ、鍵守を守るように言い渡した。  だが、奴らはあざ笑うように襲撃を行った。隊員達の頑張りで鍵守は無傷だったが、10人中3人が負傷、2人が重症、1人が死亡した。残り5名は鍵守を安全な場所に移し、緊急用の鐘楼を鳴らした。それにより早く駆けつけたが、それでも追えなかった。 「痕跡が途絶えたのは、ここだ」  赤い×が増えていく。更に3つめの保管庫襲撃事件。これは前の事件の翌日。まだ前の事件の捜査が終わっていない状態だった。警備の隊員3名、全員が死亡。鍵守も死んだ。最悪の事態に、涙もではしなかった。 「そして昨日。人が村にいなかったのは、私たちを出迎える為ですか?」 「いや、そればかりじゃない。元々人数が減って、隊の再編成を行わなければならない状態だった。その会議と、ジェームベルト軍が加わった後の話をしていたんだ。こんな状態だ、人がきて歓迎ともなれば不安を吐き出すように騒ぎたくもなる。昨日の顛末は、そんなところだ」 「なるほど。ハルバードさんはどうして不在に?」 「最低限の警備を村に残していたからな。あいつには俺に替わってそうした奴らに指示を出して貰っていた」 「仕事でいなかったのですね」  頷いたランセルは、昨日痕跡が途絶えた場所にも赤い印を書き込む。そしてそれぞれの赤い印を円で囲った。 「やはり、転移装置でしょうね」 「あぁ」  疑えない事態が起こっている。日々の事件に追われて、冷静に全てを繋げる事が出来ていなかった。人を預かる者として、なんてお粗末な事だ。

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