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3-1 焔の花紋に触れる唇
砦は火が消えたように静かだ。圧倒的に人の少ない砦の中は、日中の慌ただしさが嘘のようだ。
それを感じながら、俺は私室に引っ込んだ。あまり人前に出ていると感情が出てしまいそうで避けた。
いつ動く。深い呼吸を意識的に繰り返している。こんなに落ち着かない気持ちになったのは、初めてだ。
その時、耳に僅かに音が聞こえる。遠い。ここから三キロはある。
「隊長!」
ハルバードの声に俺は立ち上がり扉を開けた。焦った顔の奴は、オロオロと俺を見た。
「どうした」
「敵襲が! 既に人を向かわせています!」
「分かった、先に行ってくれ。動ける人数であたり、逃がさないように囲んでくれ。村人の保護と怪我人の救護も忘れるな。お前に指揮を任せる」
「隊長は」
言いかけたハルバードの肩を俺は一つ叩いた。
察しろ。これだけで、この男の動揺は消えて何かを殺し、確かな表情で頷く。本当に、優秀過ぎる…俺には過ぎた部下だ。
ハルバードは直ぐに動き出し、バタバタと砦から人がいなくなった。100人くらいは余裕で生活できる砦の中に残っているのは、おそらく10人強くらいだろう。
俺は静かに、悟られずに砦を出た。
狐の身体能力は決して悪くない。その上に俺は一般的な狐族の中でも能力が上だ。そのまま森の中を少し進む。
音を殺し、辿り着いたのは旧砦。石造りの、人の気配のしないそこ。扉に手をかければ、やはり酷く簡単なもので壊すのも簡単だった。
扉を開け、中へと入る。所々に亀裂が入り、水が漏っている。これでは確かに移動せざるを得ないだろう。そうした砦の奥深くへと入っていくと、目的の物が見えてきた。
「やはり、生きていたのか」
古く、使用するには勇気がいるだろう。むき出しの配線と、錆びだらけの外装。酷く揺れているにも関わらず、音が外に漏れていない。
獣人族は音に敏感な奴が多い。そうした奴の目から隠すように、防音の魔法が何重にもかけられている。
ここで戦う事はできない。建物全てが崩れ落ちる可能性がある。俺は一度外に出て、砦の周辺に結界を張った。
誰も出入りが出来ないもの。外からも入れない、内からも出られない。俺を殺すしかここから出る事はできないだろう。しっかり上も囲ってやった。
砦の外で待っていること、数分。石造りの砦を急ぎ足で出てくる音に俺は立ち上がった。そして、唯一の扉を出た奴らは俺を見て固まっていた。
「ようやく捕らえる事ができたか」
「おま…」
「ゾルアーズ軍、東方第三砦隊長グラースだ。大人しく捕まるならよし。抵抗すれば命の保証はない」
恐れに足を止めた奴は、だが次には腰の剣を抜いた。竜人だろうその4人は、どうやら俺を殺す事を選んだようだ。
指にはめた指輪から剣を取り出し、走り込んだ剣を受ける。さすがは竜人、雑魚でも力は強い。受けた俺は僅かに後ろに下がらされる。
その横合いからも一斉に2人、俺をめがけて剣を振り下ろす。素早く正面の奴を弾き飛ばし、その場を避けた。
残る1人は俺の背後を狙っている。そいつは思いきり蹴り下ろしてやった。
「たかが狐だ! 全員でなら負けはしない!」
「…あぁ?」
ピシッと青筋が立つような事を言う。これでも砦を預かる隊長だ、なめられたものだ。
俺は剣をしまった。やれるが、まどろっこしい。どうせこいつらの生死など問わないつもりできた。結界は魔法の影響を周囲に出さないように張った。
「おい、剣を捨てたぞ!」
「殺せ!」
あざ笑う竜人のその足下を、青い炎が揺らめき燃えた。
「うわぁぁぁ!」
「なんだこれ!!」
俺はニンマリと笑う。綺麗な戦いなど知るか。俺の両手には青い炎が揺らめく。尾は不自然に広がり、髪は魔力が通い浮き上がっている。
「なめるなよ、トカゲ共。貴様ら全員焼き捨てるだけの力はあるんだよ」
異常と言える高揚感は狂気も煽るだろう。抑えている魔力を一度解放すれば後はどこまででも戦える。それこそ、死ぬまでだ。
前に出た俺は素手だが、青い炎は俺の思うように動く。
怯んだ奴が恐怖に剣を振り回す、その剣を素手で受け止め溶かした。その炎はそのまま男の腕までを焼く。
その間に迫った剣も足で弾き飛ばし、視線を男の足元に投げればそれだけで男の足元は炎の海となる。
暗い森の中は青い焔の揺らめきと悲鳴に騒がしい。その中で舞うように動くこの高揚感は、抑えている獣の本能が見えるものだ。
力の解放から十数分で、辺りは静かになった。俺に向かってきた竜人4人に息はある。だが、五体満足な者はない。青い炎は骨も焼く。黒炎じゃないだけ感謝しろ。
息が上がる。そして視線を、砦に隠れるようにしている獣人2人に向けた。
「投降するなら命は取らない。どうする」
それに、手を上げて武器を捨てた狼と猫が地に膝をついて手を頭の後ろに組んだ。投降の意志だ。
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