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3-2 焔の花紋に触れる唇

 その頃には周囲も騒がしくなる。部隊を引き上げてきたハルバードが、現状を見て目を丸くしている。俺は結界に人が二人通れる程度の穴を空けて、部下達を招いた。 「隊長、これは…」 「一連の事件の容疑者だ。捕らえて取り調べろ」 「隊長は…」  魔力を内に収めた俺は、流石に呻いた。  体が熱い。内から燃え上がるような苦しさと熱に一瞬息が止まる。意識して深く呼吸をして、震えそうな膝を立てて衣服を整えた。額から溢れるように流れる汗を拭うと、ハルバードの肩に触れた。 「任せていいか」 「…勿論です」  何も言わず、何も聞かずに引き受けてくれる出来た部下に、俺は精一杯笑みを見せた。無様な姿を晒したくはない。その気持ちを察してくれた。  俺が結界から出れば結界は自ずと消える。暗がりの道を、俺は正規の道から外れて森を彷徨うように歩いた。  時に足が震えて木に手をつき、よろめきながら前へと向かう。そうして喧噪と松明の明かりが見えなくなってようやく、膝を着いて崩れる事ができた。 「くっ……あぁ…」  熱い…。一度暴れ出した魔力が体を内から炙り、外に出ようともがく。神経に直接響くような熱は耐えがたい。  それでも誰に頼る事もしない。これは俺のプライドだ。部下に無様な姿を見せたくない、俺の意地だ。 「はぁ…」  意識が僅かにぶれる。膝を着いたまま、俺は上体が崩れそうになった。こうなる事が分かっていたから、誰にも分からないよう森の深くへ入ってきたのだ。  倒れる。その体を不意に誰かが受け止めた。細い腕が俺の体を受け止めて、抱きとめてくる。肌に触れる他人の手に、俺の過敏になった体は過剰に反応してより熱を発した。 「辛そうですね、グラースさん」 「きさ…ま…」  何故、森の深くへと部下と共にいるはずの男がここにいる。まるで全てが分かっていたように、ランセルは俺を抱きとめにっこりと笑う。 「花紋ですね」 「!」  ランセルの手が首元のタイを抜き取り、開ける。肌に浮かぶ花を愛で、愛おしむようにふわりと微笑んでみせた。 「貴方が他の隊員と違ったのは、この力ですね。獣人と魔人族との間に稀に産まれる花紋の力。無尽蔵に体内で魔力を生成し、循環させる事で更に魔力を産んでいく。特異個体だからこそ、貴方は重宝された」  まるで愛を囁くような声だが、俺にとっては呪いだ。睨み付けようと、ランセルはうっとりと俺の花に手を触れた。 「あぁ!」  神経に直接響く痺れは、熱を孕んでいる。痛みに近いはずなのに、体も脳みそもそうじゃないと俺に訴える。この花に触れる刺激は俺の体には強すぎる快楽として響いてくる。 「この花は魔力の花なのですよね。一度魔力を解放してしまうと加速的に生成を始める。それを体内に収めても、加速は直ぐに止まらない。ゆっくりと収束するまでの間、貴方の体の中で膨れ上がる魔力を体外に放出する為に浮かび上がるのが、この花紋ですよね」  そうだ、呪いだ。この花が俺をダメにする。この花が咲いた時には、俺は俺の意志を保てない。勝手に反応していく体に引きずられる様に頭の中をかき乱される。俺は俺ではなくなっていく。  同じ仲間は身を任せる方が楽だと言う。普通じゃ得られない快楽を得られると言う。だが俺は、そんなもの望んでいない。自分が自分ではなくなるなんて、耐えられない。  不意に体が浮き上がり、あまりの不安定さに腕を伸ばした。  奴は俺の体を横抱きにし、持ち上げる。この細腕のどこにその力がある。身長的には同じくらいだ。だがそもそもの体格は俺の方がいい。なのにまったく危なげなく、難なく持ち上げられた。 「おや、可愛らしい」  首に腕を回した俺の耳元に囁きかけたランセルは、そのまま俺を運んでいく。身動き一つで全身に走る疼きと熱に苛まれる俺に、拒む力は残っていなかった。

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