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3-3 焔の花紋に触れる唇

 砦は静まりかえっていた。外に出てた奴は捕り物で忙しいし、砦に残ってる奴はみんな取り押さえた奴らを調べる準備に追われている。全員煮え湯を飲まされているから、躍起になっている。  それをいいことに、ランセルは誰にも見られる事なく俺を私室に運んだ。  ベッドに寝かされた時には、俺はもう指一本も動かせなくなっていた。  とにかく熱い、そして苦しい。切ない気持ちもそこにはある。拒絶するくせに、縋りたいなんて矛盾を抱えている。 「服、脱がせますね」 「やめ…」  掠れた声で言って聞くような奴じゃない。ランセルは鼻歌を歌いながら実に楽しそうに俺の服を脱がせにかかる。上着のボタンを外され、シャツのボタンまで外される。  笑ってしまうのは、これらを律儀にハンガーに掛け、手で皺を伸ばす辺りか。こいつ、本当に変な部分で品がいい。  そんなコイツが、俺の体を見て息を呑む。そしてツッ…と、腰から伸びる紋様をなぞった。 「ぅ…」 「綺麗ですね」  うっとりと、細い指が肌の上を滑る刺激にさえ耐えられない。殺そうとしても殺せなかった声が、どうしても漏れ出た。  ゾワゾワと這うように痺れが走る。甘く甘く響く。勝手に息が上がる。そして、俺の意志とは関係なく前が切ないほどに膨らむ。 「苦しそうですね」  そう言って、コイツは俺の前をくつろげた。確かに物理的には窮屈じゃなくなった。だが、問題はそこじゃない。 「止めろっ」 「だって辛いでしょ? 蕾の数だけ花は咲く。その花から漏れるだけの魔力なんて、放出に時間がかかって仕方がない。魔力が内を巡る時間が長ければ、ダメージが残ると聞いています」  どこまでも知ってやがる。  その通りだ。魔力が体内で行き場をなくして暴れる時間が長いと、ダメージになる。そのせいで3日は動けない。怠いのと、発熱と関節痛と筋肉痛。とにかく起き上がる事ができなくなる。 「ですから、こうして…」  そう言って、ランセルは咲いたばかりの手首の花に唇を寄せる。そして、蝶が蜜を吸うようにそこから魔力を吸い出した。 「はっ! あぁぁぁぁ!」  焼けるような刺激に悲鳴に近い声が上がる。背が勝手に弓なりになり、心臓がバクバクと音を立てている。むき出しの神経を愛撫するような感覚に、俺は動きが取れなくなった。 「神経に響くような快楽というのは、慣れれば癖になるのですがね。貴方はよほど拒絶なさっていた様子。慣れていないのなら、辛いでしょう」  そう言いながら、コイツは止める気配がない。首に咲く花から、腕の付け根から、同じように魔力を吸い上げていく。  その度に走るものは痛い。痛いのに気持ちがいいなんて、矛盾する。  悲鳴を、上げられないくらい疲れる。涙の溜まる目で睨み付けると、そこには違う景色が広がっている。  ランセルの背に、コウモリを思わせる皮膜の翼が広がっていた。緑色の光をふわりと纏わせながら、そいつは月明かりだけの世界に柔らかな光を添えていた。 「あぁ、これですか? 貴方の魔力はとても良質で、かつ膨大なので逃がしているのですよ」  背を目線だけで指したランセルは、少しだけ辛そうな目をする。息も絶え絶えで、脳みその半分は快楽に染まっている中で、俺はそれを「綺麗だ」と初めて思った。 「嫌ですよね。見苦しいとは思いますが、今の貴方を抱くのはちょっと……可哀想? あぁ、違いますね………難しいですが、したくないのです。だから私が熱を溜めるわけにはいきません。すみません」  本当に申し訳ないという、寂しく辛い笑みを浮かべたコイツは、やっぱりバカだ。  そうじゃない、俺は綺麗だと思ったんだ。この夜に浮かぶ儚い光が、それを纏う翼が、俺には神々しくすら見えたんだ。 「良かった…貴方の匂い、大好きですよ」 「え?」 「力強くて、繊細で…まるでこの花の蜜のようです。スルスルと茎を伸ばし、大輪の花を咲かせる青い蓮。花紋の花は大きければ大きいほど、力の強さを現している。そしてその花が美しければ美しいほど、その魔力と魂に穢れがないことを示している。貴方の花は大輪で、繊細で美しいです。まるで、焔の花のようですね」  うっとりと肌に口づけ、蜜を吸うように吸い上げられ、それに何度も飛ぶ。息が出来なくなりそうだ。  意識が朦朧としてくる。これでも、俺はまだイッていない。厄介なのは、こんなに快楽に漬け込まれているのに何かのきっかけがないとイケないというところだ。

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