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4-1 しがみついていた物がゴミ屑だと知った日

 目が覚めると、妙にすっきりとしていた。  汗だくのはずの俺の体はシャワーを浴びたようにサッパリとしていたし、服も綺麗に着せられている。寝具も汚れ一つない。カーテンは開けられ、僅かに外の穏やかな風を運んでくる。  体を起こして、そこに痛みや不具合がないのも驚く。数日が経過した様子もない。いつもは頭が重く痛み、体中が軋むように痛むのに。  あいつが早めに吸い出したからか…。  サイドボードを見ると、なんとも洒落た水差しが置いてある。底に輪切りにしたレモンが沈んでいる。  それを取って流し込めば、爽やかな酸味と僅かな甘みがあり、冷たい。置かれて時間が経っていない証拠だ。  律儀な奴だ。そんなに軽くない、気絶して力の完全に抜けた俺を律儀に清め、着替えさせて、寝具まで取り替えて。朝には窓を開けて風を通し、こんな物まで置いていったのか。  自然と笑みが浮かんだ。どんな顔でそれらをしていたのか、見てみたかった。苦労していれば万々歳、嬉々としていたらキモいから殴りたい。  起き上がり、シャワーを軽く浴びて着替えた。きっちりと着込む気にはなれなくて、黒のトラウザーズにシャツを着込み、タイも上着も着ずに部屋を出た。  執務室の中では、ハルバードが忙しくしている。その目の前にはランセルがいて、入ってきた俺を見てまったく正反対の反応をした。 「隊長、大丈夫なのですか!」 「あぁ、平気だ」  俺が魔力を解放すると数日寝込むのを承知のハルバードは、とても気遣わしい顔で近づいてくる。それに俺は苦笑を浮かべて、座ったままにっこりと微笑むランセルを見た。 「進捗はどうだ」 「予想以上に順調です。竜人達は意味のある事をまだ言えませんが、獣人の方は色々としゃべってくれました。そのおかげで、内部犯も捕まりましたよ」 「…誰だった?」  とは言え、予想はついている。  今回の事件、絶対に内部の犯人がやらなければならない仕事があった。襲われる村の近くに転移装置の端末を置く事だ。  不審者を警戒している中で、犯人が村の近くをうろつけば警戒中の兵士に見つかる。だからこれだけは内部の協力者がしていたはずだ。  今まで襲われた村の付近を巡回警護で回っていた兵士がいる。襲われた村の付近を警護する振りをして端末を置いていた。  日誌に残っていた警護の順路とメンバー。数日分を照らし合わせると、数人が重なっている。その中の誰かだ。 「…ハルディーンです」 「…」  動揺は飲み込んだ。名の上がった隊員は犬族の隊員で、まだ若い元気な隊員だった。いつも人懐っこく声をかけてきて、今回の事件でも率先して捜索をしていた。そいつが、犯人だった。 「お金が必要だったようです。若い兵士の給料では、間に合わなかったんだと」 「どうして…」 「…軍の上層にいる兄が出世するために、お金が必要だったらしいです」 「っ!」  痛いくらいに歯を食いしばり、悔しさと苛立ちを飲み込んだ。  バカな理由だ、そんなもの。軍の上層なんて、そんなにいい場所ではない。そんなものの為に、未来のあったあいつは道を踏み外したのか。人を…仲間を殺したのか…。 「バカな事をしたものですね」 「!」  静かな声に顔を上げる。睨み殺す勢いで見たその顔は、とても静かに、深い憂いを覗かせている。  コイツのことだから、嘲笑を浮かべているのだと思った。あの薄い笑みを浮かべているのだと思った。 「どれほど窮しても、踏み外してはいけない物があるというのに。自分ばかりか、これでは家族まで巻き込んでしまった。それをどうして、早く気づけなかったのでしょう」 「……」  言葉がない。同時に、沈んだ。  俺が見ていればよかった。もっと、見てやれていればよかった。あいつはいつも俺に挨拶をしていたんだ。そこで異変に気づいていれば、こうなる前に何か言えたかもしれない。してやれたかもしれない。  立ち上がる俺の手を、ランセルが止めた。そして、俺の目を真っ直ぐに見て首を横に振った。 「止めておきなさい。今貴方の顔を見ても、彼はただ虚しくなるばかりです。余計に、惨めになるばかりです」  その言葉に反論しようとしても、俺はその言葉が出てこなかった。

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