22 / 48

4-5 しがみついていた物がゴミ屑だと知った日

 入ったのは小さな食事処だ。騒がしいのは嫌いで、そこで好きに飲んでいる。既に三杯目、いい感じにタガが外れた。 「大丈夫ですか? 赤くなってますよ」 「煩い」  そんなの分かっている。俺はそんなに酒に強くない。あと二杯も飲めば眠くなるし意識が浮き上がる。直ぐに肌に出るから、周囲だってそのくらいで止めるんだ。 「貴方は、頑張っていますよ」 「知ったように…」 「まぁ、そうですけれどね。でも、付き合いが短くても貴方の事を見ていれば分かります。部下思いで、真面目で、真っ直ぐな人です」  そんな、聖人君子みたいな奴じゃない。グラスを揺らすと、氷がカランと音を立てる。それを見ながら、息を吐いた。 「クズだ」  結局、そうだ。部下の異変にも気づけなかった。多くの仲間を失ってしまった。そして今、職責というものを放棄してきた。 「…俺の母親は魔人族で、父親が狐だ」  グラスの中身を一気に空けて、同じ物を頼む。止めようとしたランセルを手で制して、ただ胸の中にある重たいものを吐き出すように口にした。 「母の特性を継いだ俺は、親父の親友が軍事総長だってのもあって、直ぐに軍部に入る事が決まった。13で軍の寄宿学校に入って、15で見習い、17で一般兵に上がって、20で小隊の隊長になった。そして25で砦持ちだ」 「随分、駆け足ですね」 「あぁ、全くだ。脇目も振らずに走ってきた。よそ見もしなかった。同じ花紋持ちがパートナーを見つけて養ってもらうのを尻目に、俺は自分で歩こうとしていた。ずっと、走ってきた。高い所へと憧れて、理想を見てきた」  上に行けばもっと出来る事が増える。肉食族以外の戦闘員は扱いが酷いのも知っていたから、そういう奴らの助けにもなりたかった。  俺も、王道からは外れているから肩身が狭かった。馬鹿にされて、後ろ指を指されて、でも媚びたりはしなかった。バカにする奴を正当に打ちのめし、実力を示す事で道を切り開いてきた。  だが、いざ辿り着いた上は憧れや希望などまったくない、血筋や部族に利権と金が絡み合った、軍人とは思えない奴らの巣窟だった。 「…俺は、何を目指して、何に期待して生きてきたんだろうな」  四杯目のグラスが空く。頭の中が、どこかふわりとしていた。そして惨めだ。結局何も変える事などできないまま、今責任も放り出した。明らかな負けだ。 「抗えないものだって、ありますよ」  黙って聞いていたランセルが、ポンポンと肩を叩く。見ればなぜかコイツも辛そうな顔をする。黙って酒を流し込んで、重く息を吐いている。 「私は、貴方は十分に努力したし、抗ったと思います。辛い思いをしてきて、それでも諦めずにいる姿は十分に強く美しいと思っています」 「それでも逃げた」 「逃げたんじゃなくて、見限ったのですよ。貴方一人がどれほど頑張っても、大きすぎるものは簡単に倒れませんから」 「情けない…」 「頑張りすぎていたのですよ。もう少し適当だっていいのです。自分の事を守ってもいいじゃないですか。誰が責められます」  心地よい言葉は、都合良く俺を慰める。五杯目を舐めるように飲みながら、ぼんやりと今後を考えた。  軍に戻る事は、あまり考えていない。だが、違う生き方も見えていない。戻る場所もない。 「どうやって、生きていけばいい」 「そうですね…。あっ! では、私の国に来てみるのはどうでしょう? 違う景色が見えてくるかもしれませんよ」 「竜の国にか?」  ふと考えて、それも悪くないように思えてくるのが不思議だ。  そうだな、旅などしてみればいいだろう。幸い身を守る術も、野宿の心得もある。一人であれこれと考えてしまうよりは、旅にでも出て知らない国を巡るのもいい。そしてその最初が隣の竜の国でもいいかもしれない。  俺は笑っていた。不思議と心の重みは軽くなった。そして、真っ暗に見えた道の先に、とても小さな出口が見えたように感じた。 「それも、いいかもしれないな…」  呟いて、五杯目を空けて、その後は気持ちよく浮き立つような心地がして、瞳がゆっくりと閉じていった。

ともだちにシェアしよう!