23 / 48

5-1 ジェームベルト第二国軍宿舎

 目が覚めた時、酷い頭痛がした。深酒をした翌朝だと直ぐに分かる状態に呻き、体を起こして固まった。  知らない部屋だ。どう頑張っても俺の部屋に天蓋付きのベッドはない。しかも室内は新緑色が用いられ、白い壁と新緑の絨毯やカーテン、天蓋が目に入る。置かれている家具も重厚感のある深い木目で、一目で高級だと分かる。ソファーセットだっていいものだ。 「…どこだ?」  そもそも俺は特定の家など持っていない。砦に移る前は軍の宿舎。砦に移ってからは当然そこが家だ。軍の部屋などわりと安価で、こんなに触り心地のいい物は用意されていない。  現在寝ている布団だって、柔らかいのに適度な弾力があって温かいのだ。  コンコン  音がして、そちらに弾かれたように視線を向ける。情けないのが未だベッドから降りられない事だ。  上半身を起こして呆然としていると、何故かハリスが扉を開けて俺を見て、困った様に笑った。 「起きてたっすか」 「あぁ…。済まないが…」 「あぁ! えっと…なんというか、すいません」 「…あぁ」  コイツがいるなら、犯人は明白だ。そして申し訳なさそうな様子を見ると、コイツを責める事ができなくなった。苦労人だ、本当に。 「おい」 「はい…」 「犯人連れてこい」 「犯人…っすよね。いや、本当に犯罪っすから」 「問いただす」 「はいっす」  言って、ハリスは大人しく部屋を出て行った。  頭が痛いが、これはもう二日酔いじゃない。現状についてだ。  確かに俺は軍を辞めてきた。戻る気もない。そしてあいつと飲んでいる時、確かに竜の国に行くのもいいかもしれないと言った。ただそれは旅をしてみようかと言うことであって、誰が拉致しろと言った!  額を抑えているとバタバタと音がして、勢いよく扉が開いた。そして間髪を入れずに俺に抱きついて額にキスするアホがいた。 「やっと起きてくれましたね、グラースさん! もぉ、なかなか起きないから心配しちゃって」 「おい」 「はい、なんでしょうか?」 「誰が拉致れと言った」 「私がしたかったのでしました。軍はお辞めになったのでしょ?」 「そうだが! だが、俺の意志はどうした!」 「だって、竜の国に来るのもいいと仰ってたので」 「旅をしながら今後の事を考えるのもいいと思ってだ!」  大体、この口振りだと昨日の今日だ。いったいどうやった。 「いやぁ、まさか早朝から竜化して帰って来るなんて思わなくて、思わず叫んだっす」  …国境、騒がしくならなかっただろうか。  竜人は竜化できる。コイツは緑竜だから、緑色の竜だろう。だが、基本それで国境を跨ぐことは大変な非礼であり、犯罪に近い。だがどうやら、コイツはそのタブーを犯して俺を拉致ったらしい。  頭が痛い。 「あの、二日酔いでしたら薬お持ちしましょうか?」 「その頭痛ならとっくの昔にどっか飛んだ!」  まったくもって分からない様子で、むしろ可愛さを装ってコテンと首を傾げるアホに、俺は怒鳴ったり溜息をついたりと忙しかった。 「帰せ」 「なぜです?」 「俺には俺の生き方ってものがあるからだ」 「迷ってらしたのに?」 「それを含めて俺の生き方だ。第一、俺がこれからをどうするかをお前が決める権限がどこにある」 「うーん……愛しているので攫いました。貴方のこの後の人生を丸っとください。そして私の子を産んでください」  あ……ダメだ、話が通じない。どうして言葉を解するのに会話が出来ないんだこの男。  ここに来て心が折れそうだ。A級やS級のモンスターと対峙した時だって挫ける事のなかった心が折れそうだ。竜は上級モンスターだな。コイツはそういうものか。 「あぁ……えっと! まず、グラース様は食事運ぶっす。で、隊長はふやけた脳みそどうにかするのがいいと思うっす。で、冷静に夜にでも話すっす」  一触即発…というよりは、竜と化け狐の死闘のような睨み合いに、ハリスが妥協案のように提示してくる。  こいつは良いことを言う。そうだ、このイカレた脳みそを差し替えてこい。 「ハリス、私はグラースさんとお話がしたいのですよ。邪魔をしないで下さい」 「出来る状況じゃないっすよ。そもそも隊長が拉致ったのが悪いっす。グラース様びっくりしてるし、完全に敵視じゃないっすか。ってか、わりと国際問題になるっすよ!」 「その辺は色んな権力を使ってもみ消します。私はグラースさん以外はもういりません。ハリス、使者も通すんじゃありませんよ」 「…わかってるっすよ」  どんな権力を使うつもりだ、この男。

ともだちにシェアしよう!