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5-1 ジェームベルト第二国軍宿舎
目が覚めた時、酷い頭痛がした。深酒をした翌朝だと直ぐに分かる状態に呻き、体を起こして固まった。
知らない部屋だ。どう頑張っても俺の部屋に天蓋付きのベッドはない。しかも室内は新緑色が用いられ、白い壁と新緑の絨毯やカーテン、天蓋が目に入る。置かれている家具も重厚感のある深い木目で、一目で高級だと分かる。ソファーセットだっていいものだ。
「…どこだ?」
そもそも俺は特定の家など持っていない。砦に移る前は軍の宿舎。砦に移ってからは当然そこが家だ。軍の部屋などわりと安価で、こんなに触り心地のいい物は用意されていない。
現在寝ている布団だって、柔らかいのに適度な弾力があって温かいのだ。
コンコン
音がして、そちらに弾かれたように視線を向ける。情けないのが未だベッドから降りられない事だ。
上半身を起こして呆然としていると、何故かハリスが扉を開けて俺を見て、困った様に笑った。
「起きてたっすか」
「あぁ…。済まないが…」
「あぁ! えっと…なんというか、すいません」
「…あぁ」
コイツがいるなら、犯人は明白だ。そして申し訳なさそうな様子を見ると、コイツを責める事ができなくなった。苦労人だ、本当に。
「おい」
「はい…」
「犯人連れてこい」
「犯人…っすよね。いや、本当に犯罪っすから」
「問いただす」
「はいっす」
言って、ハリスは大人しく部屋を出て行った。
頭が痛いが、これはもう二日酔いじゃない。現状についてだ。
確かに俺は軍を辞めてきた。戻る気もない。そしてあいつと飲んでいる時、確かに竜の国に行くのもいいかもしれないと言った。ただそれは旅をしてみようかと言うことであって、誰が拉致しろと言った!
額を抑えているとバタバタと音がして、勢いよく扉が開いた。そして間髪を入れずに俺に抱きついて額にキスするアホがいた。
「やっと起きてくれましたね、グラースさん! もぉ、なかなか起きないから心配しちゃって」
「おい」
「はい、なんでしょうか?」
「誰が拉致れと言った」
「私がしたかったのでしました。軍はお辞めになったのでしょ?」
「そうだが! だが、俺の意志はどうした!」
「だって、竜の国に来るのもいいと仰ってたので」
「旅をしながら今後の事を考えるのもいいと思ってだ!」
大体、この口振りだと昨日の今日だ。いったいどうやった。
「いやぁ、まさか早朝から竜化して帰って来るなんて思わなくて、思わず叫んだっす」
…国境、騒がしくならなかっただろうか。
竜人は竜化できる。コイツは緑竜だから、緑色の竜だろう。だが、基本それで国境を跨ぐことは大変な非礼であり、犯罪に近い。だがどうやら、コイツはそのタブーを犯して俺を拉致ったらしい。
頭が痛い。
「あの、二日酔いでしたら薬お持ちしましょうか?」
「その頭痛ならとっくの昔にどっか飛んだ!」
まったくもって分からない様子で、むしろ可愛さを装ってコテンと首を傾げるアホに、俺は怒鳴ったり溜息をついたりと忙しかった。
「帰せ」
「なぜです?」
「俺には俺の生き方ってものがあるからだ」
「迷ってらしたのに?」
「それを含めて俺の生き方だ。第一、俺がこれからをどうするかをお前が決める権限がどこにある」
「うーん……愛しているので攫いました。貴方のこの後の人生を丸っとください。そして私の子を産んでください」
あ……ダメだ、話が通じない。どうして言葉を解するのに会話が出来ないんだこの男。
ここに来て心が折れそうだ。A級やS級のモンスターと対峙した時だって挫ける事のなかった心が折れそうだ。竜は上級モンスターだな。コイツはそういうものか。
「あぁ……えっと! まず、グラース様は食事運ぶっす。で、隊長はふやけた脳みそどうにかするのがいいと思うっす。で、冷静に夜にでも話すっす」
一触即発…というよりは、竜と化け狐の死闘のような睨み合いに、ハリスが妥協案のように提示してくる。
こいつは良いことを言う。そうだ、このイカレた脳みそを差し替えてこい。
「ハリス、私はグラースさんとお話がしたいのですよ。邪魔をしないで下さい」
「出来る状況じゃないっすよ。そもそも隊長が拉致ったのが悪いっす。グラース様びっくりしてるし、完全に敵視じゃないっすか。ってか、わりと国際問題になるっすよ!」
「その辺は色んな権力を使ってもみ消します。私はグラースさん以外はもういりません。ハリス、使者も通すんじゃありませんよ」
「…わかってるっすよ」
どんな権力を使うつもりだ、この男。
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