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5-3 ジェームベルト第二国軍宿舎
「あの、ランセル様の事をあまり嫌わないで欲しいっす」
上目遣いに俺を見るハリスは、遠慮がちにそんな事を言う。俺は首を傾げ、ハリスを促した。
「ランセル様のあんな締まりのない気持ち悪い顔、初めて見るっす。でもなんか…安心もするっす。ここにいるとランセル様、いっつも不機嫌で怖いっすよ」
「怖い?」
あの締まりの無い男が怖いというのは、いったい何故だ。
「…竜人族の出生率が悪いのは、知ってるっすよね?」
「あぁ」
有名な話だ。竜人族、魔人族、天人族は特に出生率が悪く絶滅を危惧されている。それでもある一定数はいる。
何よりこいつらは寿命が獣人や人族よりも長い。何より絶対的に強い種族だ。簡単に死にはしない。
だがハリスはとても言いづらそうに、そして暗い顔をしている。
「緑竜の王族の王子は、ランセル様だけっす」
「そうなのか?」
「うっす。だから…子作りしろって国王陛下からすっごくしつこく言われてるっすよ」
「……」
赤裸々すぎる内容に、俺も言葉がない。
王…ということは、父親自らが息子に嫁を斡旋しまくっているのか。ご苦労な事だ。そうまでして急ぐ理由があるのか。
「危機感がありすぎるんだと思うっす。ただ、好きでもない相手を受け入れられるほど、竜人は簡単じゃないっす。匂いが合わないと欲情しないのに、薬で無理矢理興奮させて行為を行っても冷めるし、何より愛情持てないっすよ」
「そんな事までしているのか!」
どれだけの危機感だ。
確かに王子が一人で子供が出来づらいとは言え、ランセルは20代…竜の年齢では200を超えたくらいだろう。ならばまだこれからだ。そうまでして焦らせる理由が分からない。
魔力の放出をあいつが手伝った時、あいつは心底ほっとした顔で俺の匂いを好みだと言った。これが、その理由か。
「そんな事を強いられていたから、ランセル様は今幸せなんだと思うっす。グラース様に恋い焦がれているっす。そういう相手を見つけられたのは、幸せな事なんすよ」
ハリスはそう言ってニッコリ笑う。だが、俺はこれを容認できない。
「子供を産んでくれ」と、あいつは言った。あいつは俺に、子を産むように必ず迫る。つまりは、自分で選んだ奴が相手なら萎えない。その程度だろう。
妙に冷めた。俺も所詮はあいつが子供を作るための道具の一つだ。多少好みだった、そういうことだ。全く気のない相手よりはマシなのだろう。
「あの、グラース様?」
「悪い、少し考えたい。席を外してくれ」
不審そうな顔をしながらも、ハリスは俺の意見を尊重して席を外した。
俺は、妙な虚しさを感じていた。少しは親しくなれたのだと思っていた。
確かにあいつはイカレている。変態だとも思う。それでも、信頼はしていた。あいつがいたから砦で起こった事件は早く解決した。愚痴にも付き合ってくれた。軍人としてのあいつを、認めていた。
だが、それは俺ばかりだったのだろう。好みだから子供を産めとは、俺には理解できない。そんな事をうっとりと言われても俺には理解ができない。あいつは、何も語らない。
気分が沈み込む。軍を抜けてきた時よりも、自分があいつにとって子を産ませたい道具だと知った今のほうが最悪だ。
膝を抱え、俺はこの後を考える。俺は、どこで何がしたい…。
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