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6-1 狂気の夜
その夜、ランセルは意気揚々と部屋にきた。随分と嬉しそうなその様子を、俺は冷めた目で見ている。
「グラースさん、落ち着きましたか?」
「…あぁ」
拉致った奴の言うことか。随分と嬉しそうに、何がしたい。
「では、お酒でも…」
「いい」
断りに、一瞬寂しそうにする。その顔を止めろ、俺が悪い事をしているような気がする。
「…怒ってますよね?」
「当然だな」
静かに俯いたランセルは、そのままソファーに腰を下ろす。俺は窓辺にいて、黙っていた。
「…貴方の事が好きです」
「そうか」
「本当に好きなんです。一目惚れです」
「勘違いだろ」
「違います! 私は…」
「お前は俺に子供を産ませる為に連れてきたのか?」
瞬間、場の空気が凍り付いた様な気がした。見ればランセルは今にも泣き出しそうな…壊れた顔をしていた。震えながら、それでも口元の笑みは壊せない。目は辛そうに俺を見ている。
「父親に、好みでもない奴と娶せられているんだろ。俺はお前の好みではあったから、煩わしい事を避けたくて連れてきたのか」
「なんですか、それ…」
「子供を産めと、お前は俺に言う。その為に拉致したんだろ」
どんどん、壊れていくように思う。だが俺にはそのように聞こえた。
コイツは何も言わない。大事であるはずの事を言わないんだ。とても簡単に「好き」と言い、「子供を産んでくれ」と言う。
だが、そうじゃないだろ。どうしてそうなるのか、俺は分からないんだ。
立ち上がったランセルは俺の側に立つ。その目はまるで狂気だった。
「私はそのような気持ちで貴方をここに招いたわけではありません。貴方の事が好きなのです。だから、離れたくないのです」
「では、お前は俺の気持ちや感情を問うたか? 俺がお前をどう思っているか、気にしたか?」
きっと、していない。自らの感情を押しつけているようにしか感じない。睨み付けるその表情が、痛々しくなる。
突然、顎を捕らえられて深く唇が触れた。咄嗟に逃げられなかった。だが同時に、何かが違う。体の中を魔力が流れ、そしてかけていたはずの魔力のストッパーが外された。
「!」
「…嫌っている事は、分かっていました。だから連れてきたんです。ここを逃せば、きっともう道は交わらない。旅に出る? そんな事したら、私は貴方を追えないじゃないですか」
息が上がる、魔力が全身を際限なく流れて加速していく。慌てて巡りだした魔力を留めようとしたが、上手くいかない。鍵が合わない感じだ。
ランセルがもう一度俺にキスをする。すると途端に魔力の加速は止まった。だがもう十分に体中で過剰なものが溢れている。体が熱い…。
「そうですね…私は貴方が欲しい。子供はその道具です。理由でしかありません。貴方をここに留め、周囲からも何も言わさず手に入れる為のもの」
「あぁ!」
首筋の花紋に触れられ、唇が寄せられる。吸い出される魔力に合わせて快楽が全身を駆け上がる。力が抜けていく。
「もう誰にも邪魔などさせない。他などいりません。貴方だけがあればいい。なのに貴方がそのように言うなら、遠慮なく道具となってもらいます。形ができれば貴方は捨てられない」
崩れ落ちた俺を、ランセルは難なく抱え上げる。そして、ベッドの上に押し倒すとそのまま俺の手を上に持ち上げ一つに束ね、そこに魔力の鎖で括り付けた。
「なにを…!」
「暴れられると怪我をさせそうなので、括りました」
壊れたような緑色の瞳が俺を見下ろしている。泣きそうにしながら凝視し、笑みを浮かべて震えている。なんて、ちぐはぐなんだ。
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