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7-3 拒絶するのは心のありかを知らないから
それから、俺はランセルの側にいるようにした。
あいつはずっと眠り続けている。相当量の魔力を注いだはずだ。沈めた意識を浮上させるには、相当の血を流したはずだ。
竜人族にとって魔力で命は補えないが、魔力が水準以下となれば衰弱する。体が弱った状態で魔力が低下し衰弱すれば、死ぬ事だってある。
それでも穏やかに上下する胸を見れば、握る手の温かさを知れば、そうはならないと安心できた。
俺は、コイツの顔を見ながらずっと考えていた。コイツとの関係をどうするのか。確かなのは、俺はもうコイツを放置してここから消える選択肢を切り捨てたということだった。
4日たった。
夜になってようやく、ランセルは薄く目を開けた。そして直ぐに俺を見つけて、驚いたように目を見開いた。
「どう…して?」
「何がだ」
「だって、もういないと思って…」
言いながら死にそうな顔をするコイツに溜息が出る。自覚できてるなら何でしたんだ。
「俺が出ていくと思ったのか」
「だって……貴方は私の事が嫌いでしょ? それに、私は…」
「お前は俺に何をした」
「…拉致して、監禁して、レイプして…傷つけました」
言いながら凹むくらいならするな、バカが。
「出てくると思ったんです…」
不意に、小さな声がそう言った。俺の目の前で、ランセルは自らの手で目元を覆っている。見られないように隠している。
だが、そんなの意味があるのか。口元は苦しそうに歪んでいる。絞り出す声は震えている。隠せてないんだよ、何も。
「飢えれば獣の本能で、自分で出てくると。もしくは魔人の血で半永久的に生命活動が出来るんだと、思って…。まさか本当に餓死を選ぶなんて、思ってもみなくて、結界が消えた時にも許してくれたんだと。まさか…結界を維持出来ないほどに危険な状態になっているなんて、思っていなくて…」
ランセルはずっと小さく「ごめんなさい」を繰り返している。
俺は溜息をついて、黙ってそれを聞いていた。覆った手の間から、溢れるように涙が伝っているのも見ないようにした。
「もういい、分かった」
「ごめ…」
「…俺も、お前の事を知らなかった。お前の立場や、竜人族の事や、生い立ちを知らなかった。お前の言葉を、受け取れていなかった」
「それは私が言わなかったから!」
「それでも、知ろうとすれば出来た事だ。それをせずに自分の事で一杯になっていた。これは、俺も悪い」
驚いたように、濡れた緑色の瞳がこちらを見る。どうしたらいいのかと、戸惑っている。
「出て、行かないんですか?」
「今の所考えていない」
「私の事、愛してくれますか?」
「それはこれからのお前しだいだ」
言えば、驚いた顔を更に驚きに染めている。俺は苦笑して、そっとランセルの唇に重ねた。触れるだけ、そういうものだ。
目を見開いたまま呆然としているランセルを、俺は笑って見ていられる。間抜け顔だ、バカトカゲ。
「愛し方を知らないなら、これから努力して学べ。子作りする前に、俺をその気になるまで誘え。俺に子供産んで欲しいなら、頑張って俺を口説いてからにしろ」
「…口説いて、いいんですか?」
「ただし、押しつけるな! 監禁もやめろ。俺はこの国を知らないし、近くの街も知らない。屋敷の中すらもほとんど知らない。一緒にどこかに出かけて、同じ時間を過ごすのもいい。俺はお前の事を知らないし、お前に俺の事を話していない。飯を一緒に食べながら、一日を語る事から始めろ」
これが、俺がコイツに求めるものだ。特別な事も、高価な貢ぎ物もいらない。何も知らないのに、受け入れられるわけがないんだ。
ランセルは戸惑いながら、それでも考えていた。そして恐る恐る、俺にバカな事を聞いてくる。
「逃げませんか?」
「逃げたいならとっくに逃げてるだろ、バカトカゲ」
この後に及んでまだそれだ。俺は頭が痛い。
「いいか、お前が口説いているのは異種族の俺だ。お前の常識が俺の常識にはならない。俺は竜人族の事を知らないんだ、まずそこを考えろ。俺が好きだと言うなら、手間を惜しむな。時間かけろ、いいな。わかんないなら俺に聞け。そうすれば、何をしたいかくらいは答えてやる」
俺が言えばランセルは、ゆるゆると笑う。そして何度も頷いた。
「よし、理解したな。では、最初の問題だ。こういう時、何をするのが正解か分かるか」
軽く笑って言えば、ランセルは戸惑うように上体を起こし、恐る恐る俺の首に片手を回し、そっと触れるだけのキスをする。怯え、戸惑うように正解を問う瞳に、俺は可笑しくて笑った。
「まぁ、及第点だな」
そう言った後で、今度は俺から噛みつく様にキスをした。
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