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8-1 穏やかな日常は愛を育む
翌日、ランセルは俺に緑竜軍の制服を渡してきた。形は違えど着慣れた感触に、自然と背筋が伸びる。
ハリスが迎えに来て、食堂に案内されるとランセルがいて、ゆるく笑って「おはようございます」と言ってきた。
「もういいのか?」
「まぁ、目が覚めてしまいましたし。軍を案内します、ご一緒にどうですか?」
「あぁ」
俺が答えればほっとして笑う。こういうコイツは初めてで、俺の方が戸惑っていた。
だが、悪くない。少なくとも押し切る様な勢いで迫られていた頃よりは余裕がある。落ち着いていられる。コイツの言葉や表情、仕草を見る事ができる。
俺の求める穏やかな関係に、少し近づいただろう。
言われるままに軍の宿舎を回り、訓練を見て、少しだけ体を動かした。体術は俺の方が得意らしく、大抵の奴はあっという間に負かせた。
それを見ているランセルは苦笑していて、同時に仕事の顔も見せた。本気で何かを思案している、そういう様子だった。
そして昼。俺はハリスも含めて軍の食堂にいた。そしてその席で、とんでもない事を申し込まれた。
「俺が、軍の体術指南?」
「えぇ」
実に落ち着いた様子のランセルに、俺の方が驚く。監禁を解かれた途端に、ご自由にどうぞという状態だ。コイツ、極端から極端に走るタイプだ。
「今日の訓練を見て、貴方について行けない軟弱者が多い事を知りました。これでも国境沿いを守る軍です。モンスターの脅威もあるというのに、このままでは情けない。そこで、グラースさんが迷惑じゃないのなら、体術の指南をしていただけないかと」
「…俺は、厳しくて嫌われるぞ」
実際ゾルアーズの軍では俺の指南は鬼と言われた。
だがどうして甘くできる。命かかってるかもしれないのに、唯一身を守る為の訓練を怠る事なんてできない。
耳が下がるのを見たランセルは笑って「お願いします」と重ねて言う。俺もここで時間を持て余すのは考え物で、結局はその話を受けた。
それからは、穏やかな時間が続いている。
俺は週に数回の体術訓練を引き受け、早速「鬼教官」と呼ばれ始めている。ちなみにランセルは「悪魔」だそうだ。納得だ。
俺とランセルの関係も穏やかだ。
時間の空くときは庭に出て散歩をしたり、町に少し出る。美味しい店、面白い物のある店を巡るのは楽しい。
ランセルは特に本が好きらしく、よく古書店につれて行かれた。
仕事の日も、朝と夜の食事はできるだけ時間を合わせるようにした。朝は一日の予定を聞き、夜は一日の話を互いにする。とてもゆっくりと流れる時間だ。
気分が乗ればそのまま、ランセルの部屋でお茶を飲んだり、酒を飲んだりもする。そうして互いの事を話し合った。
俺は自分の子供の頃の話をした。両親の話を、ランセルは驚いた様に聞いている。どこか、羨ましそうだ。
ランセルが話すのは大抵竜人族の感覚というか、常識のようなものだ。
子供に対する考え方、その為にさせられてきた事、それに対する嫌悪。あまり話したくは無いのだろう顔はしても、「知って欲しいので」と言って話している。
聞く度に、俺は不憫でならない。
コイツこそ、道具の様にされてきた。子を産ませるための道具になってきたんだ。
それを思えば、俺がコイツに投げた言葉がコイツを豹変させたわけも見えてきた。俺はコイツの心の傷を知らずに抉ったんだ。
気持ちが乗れば、そのまま穏やかなセックスもした。
ランセルは焦ることも、無理をさせる事もしない。心得たように俺が気持ちいいようにしてくれる。
そして俺は、徐々にコイツを受け入れる事に苦痛を感じなくなってきた。後ろが覚えたんだろう、最初は硬くても指が触れると徐々に解れるようになった。
でも、ランセルはこうなってから一度も薬を使わない。俺の言葉を律儀に守って、子作りの前に恋人という関係を作ろうとしているんだろう。
そんな、お子様のような穏やかな時間が1ヶ月は続いた。
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