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9-1 隔てられた世界

 この生活にも大分慣れた。数ヶ月も経てば俺は緑竜軍の鬼教官で定着し、今では気心の知れた奴も多くなった。  こうして接してみれば昔とさほど変わらない。いや、獣人族の序列が無いだけこっちのが楽なんだろう。種族自体が違う。  ランセルには、時々黒塗りの馬車で客が来ている。そういう時はハリスがきて、俺を部屋に押し込んだ。おそらく会わせたくない、もしくは俺の存在が知れるとまずい相手なんだろう。予想はついたから、詮索はしなかった。  そんなある日だ、ランセルが定例の国家会議で緑竜の王都へと向かう事になったのは。 「やっぱり、行かなければいけませんかね?」 「当然だ。元々決まっている会議に軍の責任者が出席しないなんてことがあるか」  朝から重い溜息をついてひたすら嫌な顔をしているコイツを、俺は何度目かの溜息で送り出す。 「いいですか、グラースさん。絶対に何があっても待っていて下さいね」 「分かっている」 「明日には帰ってきますから、屋敷から出ないで下さいね」 「分かっている」 「浮気なんて…」 「煩いぞ、ランセル」  いい加減にしろ、バカが。俺はガッシとランセルの頭を手で押さえ込むと、乱暴に髪をなで回した。 「ちょっ!」 「帰って来るのを待っている。明日には帰るんだろ」 「はい」 「しっかり仕事してこい。いい子ができたら、ご褒美やる」 「! 頑張ります!」  嬉しそうな子供っぽい顔でホクホクと出ていく姿を見ると、俺もあいつの扱いが上手くなってきたと感じる。こちらが態度を硬化させると、あっちもムキになるようだ。  それにしても、これも一種の幼児プレイというやつか? いや、違うか。なんにしてもあいつ、最近変なのに目覚めてきていないか?  俺とランセルの関係は、相変わらず続いている。ただ、少しだけ感じは変わった。  俺はあいつに遠慮がなくなった。あいつは俺に隠し事をしなくなった。感情をちゃんと伝えてくるあいつを、俺も受け入れてから議論になる事がおおくなった。  そして体を重ねる日は、薬を使うようになった。俺は未だに中で感じる快楽というものに慣れないが、抵抗は勿論ない。結べばそれでもいいと思っている。そのくらいには、俺もあいつに愛着が湧いてきた。  入れ違いに部屋に入ってきたハリスが、キモいものを見たような顔をしている。ご愁傷様だ。 「なんすか、あの人。怖いっす」 「見たのか?」 「夢に出るっすね、あれ。すっごいルンルンっすよ」  まったく、単純で可愛い奴だな。 「グラース様は本当に、ランセル様の扱いが上手いっす」 「案外子供のようだ」 「子供っすか! 性格ひん曲がって、かなり危ないお子様っすよ」 「否定しないがな」  言って、笑う。俺とコイツの付き合いも長くなってきた。  ランセルの側近であるハリスは、実にサッパリと気持ちのいい、おそらく従属属性がある奴だ。ランセルに憧れがあるわけでもないが、妙に気安くもある。  ランセルが手の放せない時にはコイツと茶を飲んだり、ランセルの話をする事が多くなっている。  ランセルが数人の部下を連れて出ていくと、屋敷の中は静かになった。ハリスが焼き菓子と紅茶を持ってきて、なんでもない話をしている。 「それにしても、ランセル様の変わり様ったらないっすね。実は中身別人なんじゃないっすか?」 「だったら怖いな」 「いやいや、本当にそれくらい変わったっすよ。昔は本当に、他人なんて一切受け入れない感じだったっす」  俺にしてはそっちの方が信じられない。俺が知っているのは最初からイカレ全開のあいつだ。  だがハリスは苦笑する。その表情は心なしか嬉しそうだ。 「まぁ、変態に加速掛かってる気はするっすけど、今の方が好きっすよ」 「変わってるな」 「常に空気が1度は低くて、全部を冷めたような目で見てるよりは、頭にお花咲かせてるくらい嬉しそうな方がいいっすよ」  キモくないか、それは?  だが、ハリスの言いたい事は分かった。俺はまったく想像がつかないが、どうやら以前のあいつは常に他人と距離があったらしい。  唯一の例外はあいつの幼馴染みだという黄金竜のガロン、黒龍のユーリスという2名と会う時だけだったという。 「人生諦めきった顔してる上司と四六時中一緒ってのも、疲れるっすよ」 「…今は楽しいか」 「この世の春っすよ、ランセル様」 「おめでたい奴だ」  言いながらも、俺は笑っている。嬉しくは感じているのだろう、あいつの変化というものを。

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