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9-2 隔てられた世界

 こうして時間が過ぎて、夕刻間近。そろそろ食事の準備が出来たくらいに、突如俺の耳に異変を知らせる音が響いた。 「ハリス、誰か客が来るのか?」 「え?」 「二人…いや、もっとだ。人が上がってくる」 「! グラース様、逃げるっす!」  ハリスの声に反応するよりも前に、ドアが乱暴に破られる。そうして入って来た数人の男に対し、ハリスは剣を構えた。 「どういうつもりだ、ハリス」 「それはこっちのセリフっす! 仮にも王太子宮に乱暴に踏み込むなんて、どういう了見っすか。留守の間、誰も入れるなって言われてるっす」  黒服の男の視線が俺に向かう。その感情の見られない瞳に、俺は本能的にまずいものを感じた。 「動くな狐。動けばハリスが死ぬぞ」 「な!」  男の一人がそう言って、俺の動きを牽制する。冗談…には聞こえない。本能が、こいつはヤルと言っている。  だがハリスは俺を後ろに庇いながら、声を投げてきた。 「逃げるっすよ、グラース様! 貴方に何かあればランセル様が悲しむっす!」 「ハリス」 「やっと人らしくなったっすよ! ランセル様、やっと大事なものを見つけたっす! 貴方を失えば、あの人が壊れるっす!」 「! ハリス!」  泣きそうな声で叫んだハリスのその目の前に、黒服の男が立ち容赦なく、ハリスを蹴り倒していく。俺はそこに駆け寄ろうとして、その前に違う誰かに後ろ手に捻り上げられた。 「くっ!」 「動くな」  床に転がるハリスも動けないまま違う奴に抑えられている。その中で、さっきから話していた男が近づいてきた。 「手間をかけさせるな、狐」  そいつは懐から、見慣れない首飾りを持ってくる。緑色の宝石のはまるそれが、ゆっくりと俺の胸に押し当てられた。 「!」  気持ちが悪い。目眩がして、吐き気がする。宝石が触れた所から力が奪われていくように感じる。体に力が入らない。意識が…切れる…。 「グラース様!!」  ハリスの声を、最後に聞いた気がした。だが俺がその声に応える事は、出来なかった。

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