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10-1 熱に触れて、君を感じる
俺の器を持っている男、おそらくランセルの父親、緑竜の王は俺を手元から離さなかった。それは就寝時間までそうだった。眠るときでさえ、何やら特別な箱に入れられた。
途端、世界は薄闇に沈んだ。
体の感覚が掴めない。試しに爪を立ててみたが、良く分からなかった。
「開けろ! 出せ!!」
何度も何度も鏡を叩いたが、びくともしない。もう何度も、数え切れないほど叩いているんだ。
普通、生身でこんな事をすれば叩いた手がうっ血して痛みを発するだろう。だが、そうはならなかった。
ズルズルと、鏡を叩くままに崩れ落ちていく。このまま、俺はどうなる。このまま、あいつはどうなってしまうんだ。
ランセルが、壊れていく。憎悪するほどの事を、させてしまう。俺のせいだ。どうしてあの時、俺は逃げなかった。いや、もっと前に離れるべきだったんだ。
「すまない、ランセル…すまない…」
こんな姿になっても消えない感情の波に、俺は詫び続けている。
感覚が、感情が消えてしまえば楽だった。見なくていいなら、知らないままなら……それでも、あいつに強いる事は同じだ。俺の罪は消えない。
泣けるものなら、泣いただろう。だが魂ばかりのこの体から、涙が流れることはなかった。
翌日、俺は目の前に知らない顔の若い奴らをひたすら見た。男も、女も。分かっている、こいつらがランセルの相手だろう。
王は随分とご満悦だった。ランセルが大人しく従っていることが、満足な様子だった。
だがそれはその日の午後に豹変した。
『薬が反応しないだと!』
部下らしい人物からの報告に、王は激昂した。それを俺は、虚ろに聞いた。
『ランセル様にその気が無いわけでは無いと思うのですが…どうしても薬が反応しない様子で。ランセル様自身が酷く狼狽している様子です』
王は立ち上がり、足早にどこかへ向かっていく。実に簡素な部屋の扉を開ければ、ランセルが呆然としていた。
『どういうことだ!』
『私にだって分かりませんよ!』
焦った顔のランセルが叫ぶように言う。
そこには、情事の雰囲気はあった。だが、そこに至らなかったのだとも分かった。薬の瓶の蓋が開いている。そして、何度も試したのだろう薬が転がっていた。
苛立たしげにまた、場面が切り替わっていく。移動して行く王が次に来たのは、俺の体が横たわっている部屋だ。王は俺の体へと近づく。そして俺の視界の端が、銀に光った。
「!」
瞬間的に感じたのは焼けるような痛みだった。肩の辺りを突き抜けたそれは、映像とリンクする。王は俺の肩口に短刀を突き立てていた。
『何をするんです!』
ランセルの声の後、映像が揺らいだ。王を突き飛ばしたのだろうランセルは俺に駆け寄り、短刀を抜き去るとそこにヒールを掛けていく。俺に走った痛みも消え、じわりとそこが温かくなっていく。
こんな事で、体との繋がりを知らされるとは思わなかった。まだ生きているのだと、知らされるとは思わなかった。
この体に、感触というものは感じない。ただ、熱は感じられる。ランセルが触れるその場所が、ほのかに温かい感じがした。
『いいかランセル、明日もこのような体たらくなら、そいつの命は無いぞ』
『っ!』
歯ぎしりしそうなほどに、ランセルは睨み付けている。憎悪に血走る瞳に、涙が一筋伝い落ちた。
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