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10-2 熱に触れて、君を感じる
それからも、状況は変わらなかった。
ランセルの薬が反応する事はなく、俺の体は毎日のように傷つけられた。だがその度に、ランセルがその傷を癒やしていく。
生きているのか、死んでいるのか分からないような中でそれだけが、唯一俺をつなぎ止めている。走る痛みと、癒やされる温もり。俺はその両極端な感覚だけを受けて、まだ生きていると実感する。
夜、俺の左腕はいつも温かい。映像は何も映していない薄闇の中で、俺は温もりを感じる左腕に触れる。
ランセルが、触れているのだろう。そこに触れる事で、あいつに触れているような気がしてくる。
不意に唇にもそれを感じ、指で反芻する。頬に触れる熱、唇に触れる熱。キスをしているのだろうそれを、俺は追っている。
「すまない、ランセル…」
もういいから、お前だけでもここを離れろ。頼むから、もうこれ以上俺に執着するな。俺にこだわらなければ、お前はどこにだって行ける。お前なら、どこででも生きていける。
でも分かっている。それが出来る奴ならとっくにそうしている。出来ないからこそ、死体みたいな俺に縋ってキスをして、腕に触れて眠る夜を繰り返しているんだ。
ジワリと温まる体が、あいつの温もりを伝える。それを受ける俺はまた、分厚い鏡を叩き、魔力をどうにか集めようと必死に探り、ここを抜け出る方法を探し続けていた。
幾日か経ったのか、ふと体に触れていた熱に違和感を持った。温かいそれが、徐々に消えかけている気がした。
『陛下、大変です!』
早朝だろう。俺の視界が戻って来てすぐだった。真っ青な男が駆け込んできて、王に一言告げた。
『ランセル様が!』
ドクッと、心臓が音を立てる。男の声だけで、俺は不安を感じた。体に触れる熱は、まだ確かだ。なのにそれが、薄れ始めている。
視界が慌ただしく流れる。俺の部屋へと駆け込んだその光景に、俺の息は止まりそうだった。
ランセルは俺の体の隣にいる。だがその顔からは色が薄くなっている。いつか見た短刀がベッドの下に転がり、血がついていた。
「ランセル!」
何が起こっているのか分からない。ただ分かるのは、傷らしい傷も分からないのにランセルの体から魔力が大量に流れ出ている事だけだった。
『鱗を切りつけたようで、魔力の放出が止まりません!』
『なんだと!』
鱗? それは…なんだ? 分からない。だが、このまま魔力が溢れればランセルは衰弱する。
「ランセル! ランセル!!」
ドンドンと鏡を叩きつけるがびくともしない。目の前であいつが、死にかけているというのに俺は何もできない。どうしてこんな事に…どうして!
「お前は、どうして簡単にそんな事ができる…。どうして……」
前もそうだ、簡単に命を投げ出すような事をした。
簡単な事じゃないだろ。お前だけのものじゃないんだぞ! そんな事をされて、俺はどうしていけばいい…。お前が死んで、俺が生き残って、俺はこれからどうやって生きていけばいいってんだ!
湧き上がるように魔力が俺を包んでいく。青い炎が、俺を包む。訳が分からないが、確かな事だけはあった。俺はここを出て、あいつを助ける。
鏡に手をつき、ありったけのものをぶつけた。魔力を解放した時の燃えるような熱を感じながら、その全てを鏡にぶつける。
ビシッ
ひび割れる音がして、視界が曇る。俺はそこへ、更に魔力を込める。俺を包む炎に周囲が青白く照らされる。案外狭い世界が、炎に満たされていく。
ピシッ、ビシッ!
頼む、間に合え。頼む、死ぬな。俺はお前を死なせたくない。こんな別れだけは受け入れられない。頼むから!!
ビシッ! バキィィィィィン!
世界が砕け、光が砕ける。俺の意識は急速に消える。それでも足掻くのは、ただ一つ失えない者を思うからだった。
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