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10-5 熱に触れて、君を感じる

 ランセルの屋敷に戻ると、ハリスが泣きながら俺に突進し、寝っぱなしで弱った筋力では支えきれずに転倒するという無様な事になった。  驚いたハリスが床にゴリゴリ額を押しつけるのをどうにか止めさせて、ようやく笑えた。  ガロンは事の経緯を俺に伝えた。  俺が攫われた事で次に何が起こるか、ハリスは分かったらしい。暴れて連行される馬車の中で竜化し、一直線にガロンへと助けを求めたらしい。  竜人族の中でも黄金竜というのは格が上。すぐに各王家所有の軍部へと伝令を出し、ランセルが監禁された事を伝えた。  国境を守り、周囲のモンスターを討伐する役割を持つランセルが不在となれば他の王家も黙ってはいなかった。だが、何の通告もなく軍が動けば国内での争いとなる。  そこでハリスの名で通告を行った。緑竜の王ならばハリスからの通告など無視すると思っての事だ。  そしてまんまと、その通りになった。2度の通告を無視した事でガロンの軍が動き、救出となったのである。 「本当にすみません。まさかここまで事態が悪化しているとは思わなくて」  律儀らしいガロンが、本当に申し訳なくそういう。それに、俺は首を横に振った。 「正直、来てくれなければ玉砕覚悟だった。感謝してもしきれない。いつか、この恩を返したい」 「いいえ、お気になさらず。私もランセルの気持ちは分かります。だからこそ、助けたかったんですよ」  穏やかに笑む美丈夫は、どこか寂しげでもあり、羨ましげでもあった。 「大切な人に、巡り会ったのですね。よかったですね、ランセル」  ランセルは未だに俺の肩に身を預けて眠っている。ただ、規則的に上下する胸や、肉感をもって触れている熱に俺は安堵している。頼りない熱ではなく、双方に体があり、触れているからだ。 「貴方を閉じ込めていたアイテムは、違法な物です。そちらの入手ルートも追わなければいけませんね」 「闇の商人が違法なアイテムを作らせていると聞いた事がある。ゾルアーズでは違法と呼ばれるアイテムや薬をよく見た」 「その周辺にアジトがあるのかもしれませんね。必要なら、彼の国に協力を要請しなければいけません」 「その時には少しだが、手をかせるかもしれない。抜けたとは言え、奴らの好む言葉は知っている。上手く協力を引き出せる書簡と、渡す相手を知っている」 「それは助かります」  これで少しは恩を返せるか。俺は息をつきながら、ランセルの体を引き寄せていた。  その日一日、俺は流石に倒れた。空腹を満たしたら後は引きずられるように眠ってしまっていた。不思議と体の痛みはなかった。あれだけ魔力を解放したというのに。  おそらくその大半を、ランセルに渡したからだ。  ランセルも未だ眠っている。状態も安定し、単純に回復に時間がかかっているのだと言われて安心した。  ただ、翌朝目覚めた俺とは違い眠りっぱなしの奴を見るのは苦しくもある。ベッドの横に椅子を寄せ、目が開くのをずっと待っている。  その目が開いたのは、その日の夜。呆然と眠りから覚めたランセルは、俺を見て目を丸くし、触れてくしゃりと表情を歪めた。 「体は、平気か?」 「それはこちらのセリフです! グラースさん、体は!」 「平気だ。俺よりもお前の方がよほど大変な事になっていたんだぞ」  多少、責めるふうになったのは仕方がない。いや、責められる立場に無い事も十分に理解はしている。それでも感情は、コイツを責めた。 「どうして、死のうとした」  後で聞いたが、竜人には『鱗』と呼ばれる特別な場所があるらしい。人により場所は違うが、小さな印があるという。そこは体内の魔力の栓になっていて、傷がつくと漏れ出て溜められなくなってしまう。つまり、衰弱していくそうだ。  そこを自らの意志で傷つけたなら、やはりコイツは自死を選んだんだ。  問えば余計に苦しそうな顔をする。手が、俺に触れてくるのを受け入れた。 「私が生きている限り、貴方は囚われたままです。あの父が私との約束を守るなんて思えません。それなら、もうこれしか…」 「バカが」  本当にお前は、それしか考えないのか。どうして自分に刃を立てる。もっと、切っ先を向ける相手はいたんだぞ。  覆うように、俺はランセルの体に重ねた。感じる熱や鼓動が心地よい。驚いたようなランセルは、次には俺の背に手を回した。 「すまない、ランセル。俺のせいで、お前に辛い思いをさせた」 「え?」 「ずっと、見ていた。声を伝える事も出来なかったが、お前の姿も、声も聞こえていた。俺の為に、いいなりになっていたんだろ?」  言えば、ランセルの腕に力がこもる。体は、震えているように思えた。 「浮気に、なりますか?」 「そういう所がバカなんだよ、お前は」  まったく、なるわけないだろ。自分を殴り飛ばしたいと思えるような自責の思いはあっても、お前を責める気持ちなんてこれっぽっちもない。 「お前の熱を、ずっと感じていた。頼りない、生きているのか死んだのかも分からないなか、お前の熱が俺を繋ぎ止めてくれた。おかしくなりそうな俺を繋ぎ止めたのは、お前だランセル」  笑って、唇に触れる。こうしていたんだろ? 毎夜、動かない俺に。  驚いた様な顔をして、でも次第に受け入れていくランセルを抱きしめたまま俺の心は既に決まっていた。コイツが俺を必要とし執着するように、俺もコイツから離れられないのだと。

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