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第1話 出会い
「サボ、ただいま」
(なんだ、今日は随分遅かったじゃねえか)
「あー、もう十二時か」
勢いよくベッドになだれ込み、天井を見上げる。
都心の外れにある1LDKのアパートの二階。
ここに越して二年半、八畳の部屋にはこのベッドと広げ切っていない引っ越したままの段ボールが三つ。
床に散らばる仕事で必要な参考書と教科書の山。
買いそびれているカーテンのせいで、朝は眩しくていつも目が覚める。
ただ眠りに帰るだけの家。
橘隼人 、二十八歳。独身。彼女なし。
中肉中背で顔はよく言えば塩顔。現職は登録型の家庭教師。
もちろんピアノの先生ではない。
近所のリサイクルショップで買った折り畳み式のテーブルの上にはノートパソコンと、
口の悪いサボテンが一匹。
(生徒増えて良かったじゃねーかよ、ペルソナ先生)
「うるせぇな。面白がってんじゃねぇよ」
思わずこっちまで口が悪くなる。
ペルソナとは俺のネット上のハンドルネームだ。
俺は趣味のピアノを動画サイトにアップしていた。
もちろん顔出しはしてない。手元だけの動画だ。
似たような映像は山ほどあるが調べると「ぺるそな」というネットゲームやアニメがあるようで、俺の動画のメッセージにはオタクが集まりやすく半分が何を書いているのかわからない。
あれを弾けこれを弾いてくれとアニメの主題歌ばかりリクエストしてきていた。
もちろん稀にピアノの演奏について感想を書いてくれる人もいたが、気にしていたのは
「いいね」の数くらいだった。
(訳あり生徒さんだろ、お前の得意分野だろうが)
サボの言い方に少しムッとした。
俺が家庭教師として受け持つ生徒は自閉症や不登校の生徒がほとんどだからだ。
もちろんそれ専門のわけではない。
なぜか、そういう生徒を担当してしまうのだ。
「そういう言い方はやめろ」
(引き受けんのか)
眠くて答える気にもなれない。サボはすぐに白黒つけたがる。
「どうだろうね」
(橘隼人、お前はいつもそうやって白黒つけない中途半端な男だよ)
「……うるせぇな」
俺は風呂も入らず、いつの間にか眠ってしまった。
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