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第3章 ペルソナ心理
「……とさん、隼人さん」
どこからか、真木多衣良の声が聞こえてくる。
どこだ?いつもはもっとよく聞こえるのに。
「ちょっと、隼人さん大丈夫ですか?」
目を覚ますと、目の前に真木多衣良が心配そうこちらを覗いていた。
一瞬呼吸を忘れていたらしく、俺は息を切らしていた。背中が脂汗でびっしょりだ。
耳から外れたイヤフォンから大音量の音楽がシャカシャカと音を漏らしている。
ここはベッドの上で、どうやらあれは夢だったらしい。
「いきなり叫び出すからびっくりしたよ」
真木多衣良は「水飲む?」と近くにあったペットボトルを差し出してくれた。
時計を見ると深夜二時半。心臓がすごい速さで脈打っている。
「悪い。俺、時々うるさくて、眠れないんだ」
「普通、こんな大音量でイヤフォンしてたらうるさくて眠れないよ」
真木多衣良はシャカシャカ騒いでいるイヤフォンを俺に見せた。
俺は大きく深呼吸をし、息を落ち着かせた。額に手をやるとじっとり汗ばんでいる。
「うるさいんだ、世の中の音が。人の声が。澄ませば澄ますほど、どこまでも聞こえてきそうで怖い。だから俺は大切な人を近くに置きたくない」
夢の中のサボの声がまだ耳に残って、吐きそうになってくる。
すると俺の頭の上からほどよい重力がのしかかった。どこか懐かしい感じがする。
真木多衣良が俺を抱きしめているのだ。
背中にまわす腕が遠慮がちで、ゆっくりと俺を包み込んだ。
そして正解なのか確かめるようにぎこちなく、慎重に俺の背中をさすってくれた。
「Gute Nacht Hayato, habe einen schonen Traum(おやすみ隼人、良い夢を)」
耳元から真木多衣良がドイツ語で囁いた。
聞き慣れない発音のせいかいきなり声色が低くなって別人のようだ。
小さい頃、こいつは母親からそうしてもらったかのように俺の首元と汗ばんだ額にキスをした。
真木多衣良の右肩に頭の重心を預け、俺はカーテンの無い窓の外をぼんやり眺めていた。
そういえばこいつからは何も聞こえてこないな。
外れたイヤフォンからは鍵盤の皇帝オスカー・ピーターソンのTrioが流れてきた。
こいつには本当にピアノ以外は何もないのかもしれない、とふと思った。
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