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第4章 ジャズ仲間

 仕事を終えて早めに店に向かった。 店内はマスターと見知らぬ二人の外国人が手伝いをしていた。 マスターの言っていた古い友人だ。 「おお、隼人早かったな」  マスターはまるで日曜大工のように頭にタオルを巻き、椅子を並べなおしていた。 「いよいよですね」 「紹介しておくよ、当日ベースを担当してもらうブラットだ。こっちがジョン、サックス担当だ」  二人とも逞しい胸板と見上げる背丈だった。 アメリカ人の彫りの深い顔立ちと体格でマスター同様、七十歳間近とは到底思えない。 軽い英語で挨拶を交わし、会場準備に取り掛かる。 「マスターのトランペットが聞けるんですね。感激ですよ」 店の隅に追いやられていたアップライトピアノを二人で移動する。 さすがに二階のグランドピアノは下せない。 「多衣良は大丈夫かね」  楽器の準備が済むと、テーブルの配置と照明セッティングを行った。 「マスターはどうして真木多衣良にジャズセッションの話を持ち込んだんですか?あいつ高校生ですよ」  マスターは自分の腰を労わるようにトントンと叩いた。 「日本人でもドイツ人でもない人間は時につらい思いをするよ。若い時なんて特にそうだ。僕はジャズがそれを救ってくれた。多衣良にはピアノがある。こんなHappyな事はないさ」  マスターの若かりしき頃、1960年代といえば日本にジャズブームが起こった時代だ。 本場アメリカでは人種差別が色濃く残り、どんな才能を持った演奏家も肌が黒いだけで表舞台に立つことは出来なかった。 日本人の血が混じったマスターは故郷でどんな差別を受けたのか、想像すら出来ない。 「マスターがあいつにピアノを触らすなとかいうから本番しくじるかもしれませんよ」 「ははは、多衣良はこの店に流れている曲はきっともう弾けるさ。楽器は技術で弾くもんじゃない。経験だ。鳴らす音がそいつの音楽になる。今頃、ピアノに触りたくてうずうずしているんじゃないか」  ウッドベースの低音とサックスの音が聞こえる。 振り向くと、ジョンとブラットが我慢できず練習し始めている。 「なあ、隼人。嫌いになっても結局は離れられないもんさ。ジャズもな」  マスターはウィンクをして練習に参加し始めた。

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