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第4章 ジャズ仲間

 カランカラン――。 今日は開演準備のため臨時休業にしているのにどうやら客が来てしまったようだ。 もちろんマスターたちには気づけない音量だ。 「先に練習なんてずるい。僕にもそろそろ曲順くらい教えてよ」  学生服の客は真木多衣良だった。なんとなく来るかなと思っていた。 「お前、チケット捌いたんだろうな」 「売ったよ。来るかどうかはわからないけど」 「来なきゃ意味ねえだろ」  俺をよそに真木多衣良には目の前の本場アメリカ人による生セッションしか目に入っていないようだ。 生で見るプロ顔負けのマスターのトランペットは店の隅々までキレイに響いた。 それに合わせるようにアルトサックスが寄り添い、ベースの深い低音が俺の溝おちあたりを振動した。 「Hey,Taira!! come on!!」  ベース担当のブラットが大声で真木多衣良を呼んだ。 煽るようにピアノを弾けと顎で指す。 真木多衣良は許しが出たと言わんばかりに顔を輝かせた。 初対面のアメリカ人に臆することもなくその場に鞄を放り投げ、学ランの第一ボタンを外す。 マスターの言った通りピアノに触りたくてうずうずしているようだ。 早く弾きたいと転びそうになりながらピアノに駆け寄る。 驚くのはそのリズム感だ。 水を得た魚のように、思いっきり鍵盤を叩きつける。 それにつられて、他の楽器が遠慮なくクレッシェンドする。 真木多衣良は適当に引いているようだがどの鍵盤を鳴らしても他の楽器と混ざり合い音楽になった。 その基本の正しさとジャズのリズムを本当に心から楽しんでいるようだった。 マスターが曲を変えた、リー・モーガンの「Candy」だ。 トランペットがリードして始まる楽曲だ。 真木多衣良が正解を知っていますよと言わんばかりにマスターについていく、それを聞くとジョンが指笛を鳴らし、真木多衣良を賞賛する。 アメリカ人らしいやり方だ。 そして気持ちよさそうにブラットがベースを鳴らしていく。 リズムが演奏者からあふれ出す。たまらない。これがジャズだ。 胃袋の底からふるふると痙攣するような爽快な快感が走る。 その瞬間、俺にはこの演奏以外の音が聞こえなくなった。 余計な雑音が一切消えたのだ。 異常な可聴音域を持つ俺にとってこんな現象は生まれて初めてだった。 流れる音だけが際立って、鳥肌が立つ。 とてつもなく気持ちのいい瞬間にただただ俺はその場に立ちつくし、つま先から頭のてっぺんまで音楽という振動に身体を委ねた。 練習と準備は夜遅くまでかかり、翌日も午前中から開店準備となった。 開場は夕方の六時からだ。  ジャズセッションが、始まる。

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