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第6話 それぞれの行き先

 元ジャズ喫茶、モーガンは年明けを待たずに年内で店終いをする事になった。 マスターからクリスマスイベントのジャズセッションを持ちかけられた時になんとなく予想していた。 噂を聞きつけた常連客が閉店を惜しみ年内はいつも満席に近い賑わいを見せた。  真木多衣良はジャズセッションが終わってからもせっせと店に通いマスターを手伝っていた。 「なんでいるんだよ。」 「冬休みだもん」 「そういう事言ってんじゃねぇよ」  多衣良は日本の指折りに入る音大に進学することに決めた。 正月を利用して、ドイツにいる母親に伝えに行くそうだ。 「二人とも、ここはいいから二階で遊んできたらどうだ。楽器たちも年内で手放してしまうからね」  マスターが俺たちに言うと、猛烈に寂しさがこみ上げた。 たぶん多衣良も同じ気持ちだと思う。 町の通りから少し離れたクセのある喫茶店。 古びた茶色の看板にはjazz Morganの文字がかすれている。 店内は圧迫感のある雰囲気に各テーブルが照らされるスポットライト。 LPレコードの代わりに埋め尽くされた本の数。流れる音楽はジャズのみ。 そして店にぴったりなアメリカ育ちのカッコいいマスター。  カウンターを横切り二階に上がり、多衣良は早速ピアノを鳴らし始めた。 ビル・エバンスのWaltz for Debbyだ。

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